徳丸十盟のjぶろぐ

師恩の最近のブログ記事

山口五郎の本 2

 
山口五郎の本に載せるための写真を、選んでいます。

四郎先生時代からの膨大な量の写真から一部を拝借し、これはというものを選び出すわけですが、ついつい見入ってしまい。。。

想い出に浸りつつ、先生が存命ならばとつくづく思い、涙で作業が中断させられます。


山口五郎の本

   
ここにも書きましたが、やっと「山口五郎の本」出来上がりそうです。
12月には発売予定です。

そのための校正作業に追われています。

録音を聞きながらの作業、あれもこれもと想い出してしまい、そのつど涙、涙、でなかなか先に進みません。


それぞれの考え方感じ方があると思いますが、

僕は、僕が感じ、学んだ、師匠の教えを、信じ、守って、生きたいと思っています。


2月26日


今日は、山口五郎先生のお誕生日だったんですよ。


2月26日


今日は、山口五郎先生のお誕生日だったんですよ。


インタビュー

3年来の企画で、「山口五郎の本」を出版する計画が進んでいます。

関係の深かった家元の先生方(といってもこの業界のほとんどの先生方)にインタビューをする役目を私が。

今日はその最後、高橋榮清先生。
高橋先生へのインタビューは一番最後に、と当初から決めていました。
想い出深い、貴重なお話しを、約3時間にもわたって、うかがいました。

久しぶりに我が師を忍んで、恥ずかしながら先生の前で「涙」。
高橋先生も涙ぐんでおられたご様子。

ほんとうに心から想いを語っていただき、感謝いたします。


ありがとうございました。


インタビュー

3年来の企画で、「山口五郎の本」を出版する計画が進んでいます。

関係の深かった家元の先生方(といってもこの業界のほとんどの先生方)にインタビューをする役目を私が。

今日はその最後、高橋榮清先生。
高橋先生へのインタビューは一番最後に、と当初から決めていました。
想い出深い、貴重なお話しを、約3時間にもわたって、うかがいました。

久しぶりに我が師を忍んで、恥ずかしながら先生の前で「涙」。
高橋先生も涙ぐんでおられたご様子。

ほんとうに心から想いを語っていただき、感謝いたします。


ありがとうございました。


師恩(十)

久しぶりの師恩です。

山口五郎先生は、「神様」「仏様」とこの業界の方々に評されていました。
僕もそう思っています。

しかし反面、この師恩シリーズでも書いたと思いますが、実は僕にとっては非常に「恐い」存在でしたし、生々しく「人間」を感じる人でもありました。

内容は伏せますが、ある演奏会がありました。山口門人も数名出演し演奏するという、山口五郎ウィズ、というような演奏会。

門人序列の、上から順にお声掛けがあり出演することに。実は僕は全くその演奏会のことを知りませんでしたし声もかけられませんでした。ですが、その演奏会の数日前、先生から「裏方を手伝ってくれないかなぁ。」と申し渡されたので、もちろんどんな予定があろうと、裏方であろうと手伝わないわけはありません。

演奏会当日。 
・・・「??」

僕よりもずっと序列の下の人が出演していて、「あれ?」と思ったのですが、そのことを先生も気にして、ばつが悪そうにかなり苦労して僕に言い訳をされました。なるほど、と僕には事情が分かりましたので、「別に良いですよ、気にしてません」と言いたかったのですが。。。 
ああ、やっぱり先生も人間だなぁ、とつくづく感じ入った場面でした。

で、話の核心はここから。

演奏会場では自分の演奏があると思うと、コンディション作りに夢中になり、ものが見えません。
先生とご一緒させていただく時などは、生々しい「音」に触れられるチャンスなのになかなかそれが出来ずにいました。

その時の演奏会では舞台裏の進行を任され、それきりの仕事でしたのでいろいろと客観的に「音」に気を配ることが出来ました。

こちらの楽屋では先輩方が音出しをしてコンディションを整えています。その「音」、自分なりにあれこれと思うこと、いろいろ。
片や「今日は調子が悪いんだ。」とおっしゃって、いつもより入念に別の個室で音出しをされている先生。

楽屋の外の廊下にいた僕にはその双方が聞こえ、「えっ!!!??」と思うほど愕然と。

「異質の音」。

先輩方には申し訳ありませんが、全く「音」が違いました。
その響き、輝き、豊かさ。
これほどまでに違うものかと、耳にこびりついて未だに離れません。
ものすごく貴重な経験でした。

もちろん人間の出来ていない僕。その時は多少「こんちくしょう!」と思いましたが、格好をつけるわけではないのですが、先生はその「音」の違いを僕に感じさせるために、あのような場面を作ってくださったのかな、なんて今では美化して考えてます。

それほどまでに「音」の違いに愕然とさせられた一幕でした。


師恩(十)

久しぶりの師恩です。

山口五郎先生は、「神様」「仏様」とこの業界の方々に評されていました。
僕もそう思っています。

しかし反面、この師恩シリーズでも書いたと思いますが、実は僕にとっては非常に「恐い」存在でしたし、生々しく「人間」を感じる人でもありました。

内容は伏せますが、ある演奏会がありました。山口門人も数名出演し演奏するという、山口五郎ウィズ、というような演奏会。

門人序列の、上から順にお声掛けがあり出演することに。実は僕は全くその演奏会のことを知りませんでしたし声もかけられませんでした。ですが、その演奏会の数日前、先生から「裏方を手伝ってくれないかなぁ。」と申し渡されたので、もちろんどんな予定があろうと、裏方であろうと手伝わないわけはありません。

演奏会当日。 
・・・「??」

僕よりもずっと序列の下の人が出演していて、「あれ?」と思ったのですが、そのことを先生も気にして、ばつが悪そうにかなり苦労して僕に言い訳をされました。なるほど、と僕には事情が分かりましたので、「別に良いですよ、気にしてません」と言いたかったのですが。。。 
ああ、やっぱり先生も人間だなぁ、とつくづく感じ入った場面でした。

で、話の核心はここから。

演奏会場では自分の演奏があると思うと、コンディション作りに夢中になり、ものが見えません。
先生とご一緒させていただく時などは、生々しい「音」に触れられるチャンスなのになかなかそれが出来ずにいました。

その時の演奏会では舞台裏の進行を任され、それきりの仕事でしたのでいろいろと客観的に「音」に気を配ることが出来ました。

こちらの楽屋では先輩方が音出しをしてコンディションを整えています。その「音」、自分なりにあれこれと思うこと、いろいろ。
片や「今日は調子が悪いんだ。」とおっしゃって、いつもより入念に別の個室で音出しをされている先生。

楽屋の外の廊下にいた僕にはその双方が聞こえ、「えっ!!!??」と思うほど愕然と。

「異質の音」。

先輩方には申し訳ありませんが、全く「音」が違いました。
その響き、輝き、豊かさ。
これほどまでに違うものかと、耳にこびりついて未だに離れません。
ものすごく貴重な経験でした。

もちろん人間の出来ていない僕。その時は多少「こんちくしょう!」と思いましたが、格好をつけるわけではないのですが、先生はその「音」の違いを僕に感じさせるために、あのような場面を作ってくださったのかな、なんて今では美化して考えてます。

それほどまでに「音」の違いに愕然とさせられた一幕でした。


師恩(十)

久しぶりの師恩です。

山口五郎先生は、「神様」「仏様」とこの業界の方々に評されていました。
僕もそう思っています。

しかし反面、この師恩シリーズでも書いたと思いますが、実は僕にとっては非常に「恐い」存在でしたし、生々しく「人間」を感じる人でもありました。

内容は伏せますが、ある演奏会がありました。山口門人も数名出演し演奏するという、山口五郎ウィズ、というような演奏会。

門人序列の、上から順にお声掛けがあり出演することに。実は僕は全くその演奏会のことを知りませんでしたし声もかけられませんでした。ですが、その演奏会の数日前、先生から「裏方を手伝ってくれないかなぁ。」と申し渡されたので、もちろんどんな予定があろうと、裏方であろうと手伝わないわけはありません。

演奏会当日。 
・・・「??」

僕よりもずっと序列の下の人が出演していて、「あれ?」と思ったのですが、そのことを先生も気にして、ばつが悪そうにかなり苦労して僕に言い訳をされました。なるほど、と僕には事情が分かりましたので、「別に良いですよ、気にしてません」と言いたかったのですが。。。 
ああ、やっぱり先生も人間だなぁ、とつくづく感じ入った場面でした。

で、話の核心はここから。

演奏会場では自分の演奏があると思うと、コンディション作りに夢中になり、ものが見えません。
先生とご一緒させていただく時などは、生々しい「音」に触れられるチャンスなのになかなかそれが出来ずにいました。

その時の演奏会では舞台裏の進行を任され、それきりの仕事でしたのでいろいろと客観的に「音」に気を配ることが出来ました。

こちらの楽屋では先輩方が音出しをしてコンディションを整えています。その「音」、自分なりにあれこれと思うこと、いろいろ。
片や「今日は調子が悪いんだ。」とおっしゃって、いつもより入念に別の個室で音出しをされている先生。

楽屋の外の廊下にいた僕にはその双方が聞こえ、「えっ!!!??」と思うほど愕然と。

「異質の音」。

先輩方には申し訳ありませんが、全く「音」が違いました。
その響き、輝き、豊かさ。
これほどまでに違うものかと、耳にこびりついて未だに離れません。
ものすごく貴重な経験でした。

もちろん人間の出来ていない僕。その時は多少「こんちくしょう!」と思いましたが、格好をつけるわけではないのですが、先生はその「音」の違いを僕に感じさせるために、あのような場面を作ってくださったのかな、なんて今では美化して考えてます。

それほどまでに「音」の違いに愕然とさせられた一幕でした。


インド演奏旅行も最後の地、ボンベイとなりました。
今は「ムンバイ」というのですね。

実はここまで来るとフィルムが底をつき、また疲れもあってあまり写真を撮っていないのです。
残念。

061027-1.jpg 


ボンベイでの演奏。
ど派手な吊りものの前で。びっくり。


061027-2.jpg 061027-3.jpg
タンドリーチキンの美味しいお店に連れて行ってもらいました。ここまで旅を続けると毎日「カレー味」ばかりで、ここのタンドリーチキンもどこが美味いのかさっぱり分からず、でした。
先生のエプロン姿、かわいいでしょ。


というところでボンベイの写真、ネタ切れです。

ボンベイでは、タージマハールホテルの重厚な風格とマリンドライブの曲線(?)が綺麗だったのが印象に残っています。

記憶違いかも知れませんがボンベイでのことだったと思います。
タクシーに乗ってマリンドライブを移動中、信号待ちをしているときでした。例の「乞食」さんの親子(母親は乳飲み子を抱きかかえ、その周りには一族と思われる子供達数人)が近寄ってきて、これも例によっておねだり。決して哀れんでお金をやってはいけませんよ、ときつく言われていたにもかかわらず、先生、車の窓を開けて何枚かお札をポイッ。その結果、どうなるか分かります?狂喜乱舞!例えが適切かどうか分かりませんが、お腹を空かせた熱帯魚に餌を与えた時を想像してください。
その親子だけでなく遠くにいた「乞食」さん仲間達も群れをなして近寄って来るのです。信号が青に変わり、車は発進。大勢の「乞食」さんが駆け足で追いかけてくるのです。
決してお金をあげてはいけないのです。取り囲まれてひどいことになります。あげるときは覚悟して、逃げなければいけないのです。
先生、その後一言「あー、びっくりした」。
こっちのがびっくりしましたよ!!まったく!


ネタもつきましたので、載せ忘れた写真を数枚。


061026-14.jpg 


ティルティラパリでしょうか。なんかお祭りの準備中だったんですよね。

061026-16.jpg
どこかの寺院で。バナナみたいな実を売っていて試食。お腹壊さなくてよかったぁ。

061026-17.jpg
これも別の寺院の中。綿アメみたいのを売っていました。

061026-18.jpg
 この子、私たち一行をどこかでエスコートしてくれた子なんですよね。とっても魅力的な美人だったので写真に撮りました。

061026-20.jpg この方は有名な演奏家で、タンジャブールかティルティのどちらかだったと思います、わざわざ御自宅までお邪魔して演奏を聴かせてもらいました。インド音楽のことはよく分かりませんが、人を魅了する陶酔の世界に導く音楽、とでもいうんでしょうか、とても気持ちよくなったのを覚えています。

061027-21.jpg

ボンベイの夕焼け。

長かったインド演奏旅行も無事に終わりました。

帰りの空港でのこと。
先生、楽器の入ったアタッシュケースの中に、昔よくあったあの銀色の旅行用のお酒をいれるボトル、あれにご丁寧にもウイスキーを忍ばせていたらしいんです。チェックインカウンターでパスポートやら何やらを出し入れしているとき、「ああー!」とか言っているので何かと思ったらそのボトルの蓋がゆるんでウイスキーがこぼれちゃってたんです。酒臭いこと酒臭いこと。ご丁寧にもティッシュを出して自分の荷物を拭く前に、床にこぼれたウイスキーを先に拭いていましたっけ。いかにも先生らしい。。。

機内では例によってウイスキーの小瓶を頼んだわけですが、先生さすがに疲れたのかあまりすすみません。おまけにしばらくすると「徳丸君、ちょっと調子が悪い。」と言うので様子を見てみるとかなりな熱。
こりゃいかん、と日本人のスチュワーデスさん(と今は言わないんですよね)に分けを言ってどこか広い席を探してもらうことに。前にも書きましたがエコノミークラスだったのです。僕もその時あわてていたのでしょう、スチュワーデスさんに分けを説明する際に、「この方はたまたま今回はエコノミークラスに座っていますが、実は尺八の人間国宝でとても偉い方なんです。どこか上のクラスの席を用意してもらえませんか。」なんて余計なことを説明したりして。
で、スチュワーデスさん、先生を空いていたビジネスクラスの席に案内してくれました。お付きの方もどうぞ、なんてことは当然なく、僕はエコノミークラスの席のまま。あの時、仮病をつかえば良かったかなぁ… なんて。

成田に到着。広い席で先生も休めた様子でちょっと元気に。娘さん達とお孫ちゃんが迎えに来ていました。
「ゴーゴ、ゴーゴ」ってお孫ちゃんが先生を呼ぶので何のことかと思ったら、五郎だから「ゴーゴ」。
その後、僕も親しみを込めて「ゴーゴ」と呼ばせていただきました。
まさか、そんなこと出来る分けないでしょ!!!

先生との演奏旅行、これほど勉強になり光栄なことはありませんでした。一生懸命にお世話させていただいたつもりですが、先生はどのように思われていたことか。かえって先生の方が気を遣っていたのかも…


旅行中のある時、ご一緒させていただいた田邊秀雄先生が僕の仕事ぶりをみて、「山口さんは、ほんとに良いお弟子さんお持ちになっている。」と僕を誉めてくださいました。
その時先生が、「ありがとうございます。そうなんです、とても良くやってくれて。」と言ってくださったことが何よりも嬉しかった。


先生の想い出、涙なしには書けません。
まだまだ書き足りないことはたくさんありますが、ひとまずこれで。