久々に小学校派遣演奏やりました。
僕の高校の同級生(Mさん、女性)が音楽の先生をしており、その縁で。
文化庁の助成を受けたということで、5回シリーズ。
各学年演奏を経て、今日は最終回。
全校生徒、約1000人を集めての演奏でした。
市川市立妙典小学校。モダンな学校で、素晴らしく綺麗でした。
体育館。 こんな曲を演奏しました。
何となくなつかしい。
楽屋。というか体育館のそで。
朝早いし、準備の時間も少ないし、ここで着物に着替えます。
こんなに大勢の子供達です。
みんな真剣に興味深そうに聴いてくれました。
何が嬉しいって、やっぱりその「目」。
じーーっと、不思議そうに見ていてくれるんです。
それを見ていると、僕の演奏がこの子供達の記憶に少しでも残ってくれたらなぁ、とこちらも真剣です。
さぁて、「十兵衛先生」の演奏、記憶に残ったかな?
給食を一年生の教室で一緒にいただいて帰ってきました。
とても幸福な気分の疲れ。
久々に小学校派遣演奏やりました。
僕の高校の同級生(Mさん、女性)が音楽の先生をしており、その縁で。
文化庁の助成を受けたということで、5回シリーズ。
各学年演奏を経て、今日は最終回。
全校生徒、約1000人を集めての演奏でした。
市川市立妙典小学校。モダンな学校で、素晴らしく綺麗でした。
体育館。 こんな曲を演奏しました。
何となくなつかしい。
楽屋。というか体育館のそで。
朝早いし、準備の時間も少ないし、ここで着物に着替えます。
こんなに大勢の子供達です。
みんな真剣に興味深そうに聴いてくれました。
何が嬉しいって、やっぱりその「目」。
じーーっと、不思議そうに見ていてくれるんです。
それを見ていると、僕の演奏がこの子供達の記憶に少しでも残ってくれたらなぁ、とこちらも真剣です。
さぁて、「十兵衛先生」の演奏、記憶に残ったかな?
給食を一年生の教室で一緒にいただいて帰ってきました。
とても幸福な気分の疲れ。
久々に小学校派遣演奏やりました。
僕の高校の同級生(Mさん、女性)が音楽の先生をしており、その縁で。
文化庁の助成を受けたということで、5回シリーズ。
各学年演奏を経て、今日は最終回。
全校生徒、約1000人を集めての演奏でした。
市川市立妙典小学校。モダンな学校で、素晴らしく綺麗でした。
体育館。 こんな曲を演奏しました。
何となくなつかしい。
楽屋。というか体育館のそで。
朝早いし、準備の時間も少ないし、ここで着物に着替えます。
こんなに大勢の子供達です。
みんな真剣に興味深そうに聴いてくれました。
何が嬉しいって、やっぱりその「目」。
じーーっと、不思議そうに見ていてくれるんです。
それを見ていると、僕の演奏がこの子供達の記憶に少しでも残ってくれたらなぁ、とこちらも真剣です。
さぁて、「十兵衛先生」の演奏、記憶に残ったかな?
給食を一年生の教室で一緒にいただいて帰ってきました。
とても幸福な気分の疲れ。
ティルティに行く前に、タンジャブールの大事な写真載せるの忘れてました。
ブリハディスバラ寺院です。でかい。世界遺産だそうです。
象に乗る少年? 童心に帰って嬉しそうです。じつは象の足に踏まれそうにそうになって、横にいる調教?のおじさん、大慌てでした。はい。
門の奥、牛が見えますかねぇ? でかいでしょ!
肝心なものの写真を撮ってない! ご神体?は確か「シバリンガ」。
インドで二番目に大きい牛の象だ 興味のある方はお調べください。
そうです。
右から3番目のアーチ風の 二人ともそんなことはつゆ知らず
建物の中に牛が。 牛の横で記念撮影。
牛のアーチの中です。 みな額の真ん中に「朱」を入れてもらって。
先生、そそくさと逃げるよう。。。 裸足です。
なんか悪いことでもしたのか。。。 先生、ここは禁煙です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というところで、実はネットでいろいろ調べたのですが、ずいぶんと写真の場所に間違えがあるようです。記憶とは曖昧なもので。
思いこみ旅行記と思っておつき合いください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さてと、専用バスでティルティラパリに移動。
移動途中ですね。橋の上で。そういえば、長い橋だったなぁ。
疲れのピークのはずの先生、相変わらずたばこを片手に悠然と。
先生!タンジャブールの演奏会では、危うくお客さんの爆笑をかうところだったんですよっ!
でも電車でほんとうに「がつーん」とやる先生の姿も見てみたかったなぁ。。。 なんて、怒られますね。ほほ。
先生の後ろ遠くに見えるのが「ロック・フォート」。ほんとは登るはずだったんですが、ご一緒させていただいた田邊秀雄先生もかなりお疲れなので無理であろう、ということで断念。残念。
シュリランガムという寺院だと思います。
先生と僕。前にもこの写真登場しました。
この彫刻って言うんですかねぇ、 こちらは彫刻でなく
すごかった! 田邊先生。彫刻化してる!なんて。
ここティルティラパリでは演奏は無く、観光のみでしばし休息。先生も一息つかれたようでした。
↑夜の宴会の風景。
先生は絶対に歌いませんでした。でも平野健次先生も絶賛するものすごく良い声でした。門人は稽古場でいつもその唱歌を聴いていました。
で、絶対に歌わない、そのお鉢が回るのが、この僕。
いつでも「徳丸君、代わりに歌ってよ。」
僕もカラオケは大の苦手。でも殿の言いつけとあらば、たとえ火の中水の中、死ねといわれれば即死んで見せましょう!
で、大パフォーマンス。田邊先生夫人に愛のラブラブソング!大爆笑をゲットしました。
ということで、ティルティの夜も更け、空路マドラス経由でボンベイへ。(今はムンバイというのですね。)
つづく。
ティルティに行く前に、タンジャブールの大事な写真載せるの忘れてました。
ブリハディスバラ寺院です。でかい。世界遺産だそうです。
象に乗る少年? 童心に帰って嬉しそうです。じつは象の足に踏まれそうにそうになって、横にいる調教?のおじさん、大慌てでした。はい。
門の奥、牛が見えますかねぇ? でかいでしょ!
肝心なものの写真を撮ってない! ご神体?は確か「シバリンガ」。
インドで二番目に大きい牛の象だ 興味のある方はお調べください。
そうです。
右から3番目のアーチ風の 二人ともそんなことはつゆ知らず
建物の中に牛が。 牛の横で記念撮影。
牛のアーチの中です。 みな額の真ん中に「朱」を入れてもらって。
先生、そそくさと逃げるよう。。。 裸足です。
なんか悪いことでもしたのか。。。 先生、ここは禁煙です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というところで、実はネットでいろいろ調べたのですが、ずいぶんと写真の場所に間違えがあるようです。記憶とは曖昧なもので。
思いこみ旅行記と思っておつき合いください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さてと、専用バスでティルティラパリに移動。
移動途中ですね。橋の上で。そういえば、長い橋だったなぁ。
疲れのピークのはずの先生、相変わらずたばこを片手に悠然と。
先生!タンジャブールの演奏会では、危うくお客さんの爆笑をかうところだったんですよっ!
でも電車でほんとうに「がつーん」とやる先生の姿も見てみたかったなぁ。。。 なんて、怒られますね。ほほ。
先生の後ろ遠くに見えるのが「ロック・フォート」。ほんとは登るはずだったんですが、ご一緒させていただいた田邊秀雄先生もかなりお疲れなので無理であろう、ということで断念。残念。
シュリランガムという寺院だと思います。
先生と僕。前にもこの写真登場しました。
この彫刻って言うんですかねぇ、 こちらは彫刻でなく
すごかった! 田邊先生。彫刻化してる!なんて。
ここティルティラパリでは演奏は無く、観光のみでしばし休息。先生も一息つかれたようでした。
↑夜の宴会の風景。
先生は絶対に歌いませんでした。でも平野健次先生も絶賛するものすごく良い声でした。門人は稽古場でいつもその唱歌を聴いていました。
で、絶対に歌わない、そのお鉢が回るのが、この僕。
いつでも「徳丸君、代わりに歌ってよ。」
僕もカラオケは大の苦手。でも殿の言いつけとあらば、たとえ火の中水の中、死ねといわれれば即死んで見せましょう!
で、大パフォーマンス。田邊先生夫人に愛のラブラブソング!大爆笑をゲットしました。
ということで、ティルティの夜も更け、空路マドラス経由でボンベイへ。(今はムンバイというのですね。)
つづく。
ティルティに行く前に、タンジャブールの大事な写真載せるの忘れてました。
ブリハディスバラ寺院です。でかい。世界遺産だそうです。
象に乗る少年? 童心に帰って嬉しそうです。じつは象の足に踏まれそうにそうになって、横にいる調教?のおじさん、大慌てでした。はい。
門の奥、牛が見えますかねぇ? でかいでしょ!
肝心なものの写真を撮ってない! ご神体?は確か「シバリンガ」。
インドで二番目に大きい牛の象だ 興味のある方はお調べください。
そうです。
右から3番目のアーチ風の 二人ともそんなことはつゆ知らず
建物の中に牛が。 牛の横で記念撮影。
牛のアーチの中です。 みな額の真ん中に「朱」を入れてもらって。
先生、そそくさと逃げるよう。。。 裸足です。
なんか悪いことでもしたのか。。。 先生、ここは禁煙です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というところで、実はネットでいろいろ調べたのですが、ずいぶんと写真の場所に間違えがあるようです。記憶とは曖昧なもので。
思いこみ旅行記と思っておつき合いください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さてと、専用バスでティルティラパリに移動。
移動途中ですね。橋の上で。そういえば、長い橋だったなぁ。
疲れのピークのはずの先生、相変わらずたばこを片手に悠然と。
先生!タンジャブールの演奏会では、危うくお客さんの爆笑をかうところだったんですよっ!
でも電車でほんとうに「がつーん」とやる先生の姿も見てみたかったなぁ。。。 なんて、怒られますね。ほほ。
先生の後ろ遠くに見えるのが「ロック・フォート」。ほんとは登るはずだったんですが、ご一緒させていただいた田邊秀雄先生もかなりお疲れなので無理であろう、ということで断念。残念。
シュリランガムという寺院だと思います。
先生と僕。前にもこの写真登場しました。
この彫刻って言うんですかねぇ、 こちらは彫刻でなく
すごかった! 田邊先生。彫刻化してる!なんて。
ここティルティラパリでは演奏は無く、観光のみでしばし休息。先生も一息つかれたようでした。
↑夜の宴会の風景。
先生は絶対に歌いませんでした。でも平野健次先生も絶賛するものすごく良い声でした。門人は稽古場でいつもその唱歌を聴いていました。
で、絶対に歌わない、そのお鉢が回るのが、この僕。
いつでも「徳丸君、代わりに歌ってよ。」
僕もカラオケは大の苦手。でも殿の言いつけとあらば、たとえ火の中水の中、死ねといわれれば即死んで見せましょう!
で、大パフォーマンス。田邊先生夫人に愛のラブラブソング!大爆笑をゲットしました。
ということで、ティルティの夜も更け、空路マドラス経由でボンベイへ。(今はムンバイというのですね。)
つづく。
久々に「師恩」です。
というわけで、いざタンジャブールへ!
師恩(五)の最後の写真でお分かりの通り、寝台車で行ったのです!!
インドの駅、ちょっと想像を絶しました。
暗い。。。
人人人。。。
なんとも方向性のない雑多さ。地べたに寝ている人もいれば、急いでいる人もいれば、たむろしている人もいれば。
言い表せない「恐怖感」のある場所。(なんて言うとまた失礼かなぁ。。。)
同行の女性達は、ほんとうに怖がって早く自分たちの列車に乗り込みたいと、逃げるように歩いていました。
さて、寝台車。
うわっはっはっ。何もない。
二段になったベッド、なのかなぁ?固ーい寝台(といっても昔のお医者さんの待合室にあったような革張りの長いすのようなもの。)があるだけ。毛布も枕もない。
ここに寝るわけだな。うむうむ。
いつでもどこでも寝られることが特技の私、これで充分です。しかし、先生大丈夫かなぁ。。。
駅の入り口付近からついてきている変なおじさん。何やら物売りのようなんですが、先生、愛想笑いなんかしちゃって、だからついてくるのに!
しばーーらく僕と先生の個室の前の通路にいましたが、脈がないと悟ったのか、消えていました。
ゆーれるゆれる、乗り心地の悪さ抜群の列車、夜の闇の中をいざタンジャブールへ。
いつしか僕は眠ってしまい、それでなくても不眠症の先生はどうしたのでしょう。。。
朝、目を覚ますとそこはもう南国!空気がとろとろしています。
ホテル屋上からの写真。ヤシの木が生えてたりして南国風味でしょ?
あの空気、今でも想い出します。
ホテル前の道。目の前の川では、沐浴する人達が。
一人で散歩がてらその辺を歩きました。ほんの500メートルもいかないところに集落が。見るとそこは、いわゆる竪穴式住居。土を掘ってその上に茅葺き(ヤシの葉葺き?)屋根。台所なんかも見えて完全な土間なんです。ちょっとカルチャーショックでした。
帰り道、先ほどの川の土手に、何やらおじいさんが一人しゃがんでいます。何気なく見ていると、おおおおおーーっ! なんと、ウ○チ中です。開放的でいいなぁ、と思いつつ、見て見ぬ振りをして通り過ぎました。どうやって拭いたんだろう。。。
(汚い話でスイマセン。)
博物館へ行ったんです(多分)。ここの話とは関係ありませんが「ダンシング・シバ」。ほんとうは「ナタラージャ」というんだそうですが、悪いやつを懲らしめてるらしいです。鬼を踏んづけたりして。陽気に踊ってるのではないのです。はい。
名前の記憶がないのですがどこかの音楽大学へ行きました。そこでの演奏が一番下の写真だったと思います。その中庭で大学の偉い先生方とティータイム。
僕を話題にしているようです。
「私の弟子で、徳丸十兵衛というものです。」
なんて、それは少し前の「ぶろぐ」でした。
この芸名をいただいた当初、あるパーティーでほんとうに「徳丸十兵衛です。」なんて紹介してくれたことがありましたっけ。
おっと話がそれました。
このインドの正装?ですか、「パジャマ」(っていいましたっけ?)を着ている方をみると、僕ちょっと恐いのです。
子供の頃に見たテレビだか映画だかに、この服を着た頭の良さそうなインド人が出てきて、人体実験か何かをするシーンがあったんです。その記憶があるもので、この服装の人を見ると、捕まえられて実験室に縛られて、「やめてくれぇー!」と叫ぶ僕に不敵な笑いを浮かべつつメスを持って。。。。。 ぎゃぁーーー!
そんなことある分けないのですが幼児期の記憶とは恐ろしいもので、ちょっとこわ。
この大学でお土産に、「お守り」をもらいました。その「お守り」、その後先生の鞄のなかに何年も入っていました。
先生はそういうものにとても信心深い(という言葉が適切かどうか分かりませんが。)人でした。
いずれ書きますが、先生最後の演奏旅行、アメリカのボルダーでもらったインディアンの「ドリームキャッチャー」
なんかも、稽古場に恭しく飾られた「国宝認定書」と一緒にぶら下げていました。
たぶんタンジャブールです。牛の乳搾りに牛車。これが日常です。
これは、「シタール」の胴の原木を加工しているところだったと思います。いんや、シタールの胴は瓢箪なはず、「タンブーラ」かなぁ?いずれにしろ何かの楽器の胴を切り出しているところです。はい。
みなさんポーズ。
下の写真↓の沐浴場への道で。
左はお食事中、右はなにか儀式にのっとってお祈りしているところ。
沐浴場です。申し訳なのですが、日本人の私の感覚からすると「汚い」「臭い」でした。ハエはいっぱい、水は汚れているし。しかし、ヒンドゥー教徒の方々からすればここは「聖地」。聖なる水にどっぷり浸かって身を清めていらっしゃいました。歯を磨いている人もいます。
その敬虔な態度には深く感動しました。
なんとものどかに大きな葉っぱで編み物をしているおじさん。若者の笑顔も素敵でした。
この脇に、インド音楽にゆかりの聖地があってそこを観光しに来たのだったと思います。
先に書いたインド音楽研究家の井上さん、野外で歌ってくださいました。何とも綺麗な声とメロディーが印象に残っています。
というところで、肝心の演奏。
大学のホールでの演奏です。
このホールの椅子、リクライニング出来るんです。しかし角度をかえられるという代物ではなく、ガクッと傾斜させることが出来るようなもの。
私たちの演奏後は、インド側の音楽でした。なにやらラッパ系のものすごい大きな音がする管楽器で演奏していたのを覚えています。
演奏後そのまま最前列の椅子に着席してインド側の音楽を鑑賞したわけですが、さて、そろそろ先生の疲れもピークに。普段あまりそのようなことはないのですが、先生「舟」をこぎ出しました。偉い方々も同席しているのにまずいなぁ、と思いつつ様子をみていると、電車で座ったときに居眠りして良くやる、ガクッと首を後ろにそらして窓にぶつけて恥ずかしい思いをするやつ、あれをやり始めたのです。
これはまずい!と思い、わけをいって退席させてもらいました。
どこか休める場所を貸していただけませんか、とお願いして通されたのが、がらーんとした教室。椅子もなにもない無闇に広い部屋。ここでどうやって休むの?と思いましたが、近くから椅子を探してきて先生に座ってもらうことに。
「少し寝てください。」
「うん。」
という間もなく首をうなだれて眠っておられました。
分けもなく惨めな気分でした。
さてさて旅もまだ半分。
次なる地、ティルティラパリへ向かうことに。
つづく。
久々に「師恩」です。
というわけで、いざタンジャブールへ!
師恩(五)の最後の写真でお分かりの通り、寝台車で行ったのです!!
インドの駅、ちょっと想像を絶しました。
暗い。。。
人人人。。。
なんとも方向性のない雑多さ。地べたに寝ている人もいれば、急いでいる人もいれば、たむろしている人もいれば。
言い表せない「恐怖感」のある場所。(なんて言うとまた失礼かなぁ。。。)
同行の女性達は、ほんとうに怖がって早く自分たちの列車に乗り込みたいと、逃げるように歩いていました。
さて、寝台車。
うわっはっはっ。何もない。
二段になったベッド、なのかなぁ?固ーい寝台(といっても昔のお医者さんの待合室にあったような革張りの長いすのようなもの。)があるだけ。毛布も枕もない。
ここに寝るわけだな。うむうむ。
いつでもどこでも寝られることが特技の私、これで充分です。しかし、先生大丈夫かなぁ。。。
駅の入り口付近からついてきている変なおじさん。何やら物売りのようなんですが、先生、愛想笑いなんかしちゃって、だからついてくるのに!
しばーーらく僕と先生の個室の前の通路にいましたが、脈がないと悟ったのか、消えていました。
ゆーれるゆれる、乗り心地の悪さ抜群の列車、夜の闇の中をいざタンジャブールへ。
いつしか僕は眠ってしまい、それでなくても不眠症の先生はどうしたのでしょう。。。
朝、目を覚ますとそこはもう南国!空気がとろとろしています。
ホテル屋上からの写真。ヤシの木が生えてたりして南国風味でしょ?
あの空気、今でも想い出します。
ホテル前の道。目の前の川では、沐浴する人達が。
一人で散歩がてらその辺を歩きました。ほんの500メートルもいかないところに集落が。見るとそこは、いわゆる竪穴式住居。土を掘ってその上に茅葺き(ヤシの葉葺き?)屋根。台所なんかも見えて完全な土間なんです。ちょっとカルチャーショックでした。
帰り道、先ほどの川の土手に、何やらおじいさんが一人しゃがんでいます。何気なく見ていると、おおおおおーーっ! なんと、ウ○チ中です。開放的でいいなぁ、と思いつつ、見て見ぬ振りをして通り過ぎました。どうやって拭いたんだろう。。。
(汚い話でスイマセン。)
博物館へ行ったんです(多分)。ここの話とは関係ありませんが「ダンシング・シバ」。ほんとうは「ナタラージャ」というんだそうですが、悪いやつを懲らしめてるらしいです。鬼を踏んづけたりして。陽気に踊ってるのではないのです。はい。
名前の記憶がないのですがどこかの音楽大学へ行きました。そこでの演奏が一番下の写真だったと思います。その中庭で大学の偉い先生方とティータイム。
僕を話題にしているようです。
「私の弟子で、徳丸十兵衛というものです。」
なんて、それは少し前の「ぶろぐ」でした。
この芸名をいただいた当初、あるパーティーでほんとうに「徳丸十兵衛です。」なんて紹介してくれたことがありましたっけ。
おっと話がそれました。
このインドの正装?ですか、「パジャマ」(っていいましたっけ?)を着ている方をみると、僕ちょっと恐いのです。
子供の頃に見たテレビだか映画だかに、この服を着た頭の良さそうなインド人が出てきて、人体実験か何かをするシーンがあったんです。その記憶があるもので、この服装の人を見ると、捕まえられて実験室に縛られて、「やめてくれぇー!」と叫ぶ僕に不敵な笑いを浮かべつつメスを持って。。。。。 ぎゃぁーーー!
そんなことある分けないのですが幼児期の記憶とは恐ろしいもので、ちょっとこわ。
この大学でお土産に、「お守り」をもらいました。その「お守り」、その後先生の鞄のなかに何年も入っていました。
先生はそういうものにとても信心深い(という言葉が適切かどうか分かりませんが。)人でした。
いずれ書きますが、先生最後の演奏旅行、アメリカのボルダーでもらったインディアンの「ドリームキャッチャー」
なんかも、稽古場に恭しく飾られた「国宝認定書」と一緒にぶら下げていました。
たぶんタンジャブールです。牛の乳搾りに牛車。これが日常です。
これは、「シタール」の胴の原木を加工しているところだったと思います。いんや、シタールの胴は瓢箪なはず、「タンブーラ」かなぁ?いずれにしろ何かの楽器の胴を切り出しているところです。はい。
みなさんポーズ。
下の写真↓の沐浴場への道で。
左はお食事中、右はなにか儀式にのっとってお祈りしているところ。
沐浴場です。申し訳なのですが、日本人の私の感覚からすると「汚い」「臭い」でした。ハエはいっぱい、水は汚れているし。しかし、ヒンドゥー教徒の方々からすればここは「聖地」。聖なる水にどっぷり浸かって身を清めていらっしゃいました。歯を磨いている人もいます。
その敬虔な態度には深く感動しました。
なんとものどかに大きな葉っぱで編み物をしているおじさん。若者の笑顔も素敵でした。
この脇に、インド音楽にゆかりの聖地があってそこを観光しに来たのだったと思います。
先に書いたインド音楽研究家の井上さん、野外で歌ってくださいました。何とも綺麗な声とメロディーが印象に残っています。
というところで、肝心の演奏。
大学のホールでの演奏です。
このホールの椅子、リクライニング出来るんです。しかし角度をかえられるという代物ではなく、ガクッと傾斜させることが出来るようなもの。
私たちの演奏後は、インド側の音楽でした。なにやらラッパ系のものすごい大きな音がする管楽器で演奏していたのを覚えています。
演奏後そのまま最前列の椅子に着席してインド側の音楽を鑑賞したわけですが、さて、そろそろ先生の疲れもピークに。普段あまりそのようなことはないのですが、先生「舟」をこぎ出しました。偉い方々も同席しているのにまずいなぁ、と思いつつ様子をみていると、電車で座ったときに居眠りして良くやる、ガクッと首を後ろにそらして窓にぶつけて恥ずかしい思いをするやつ、あれをやり始めたのです。
これはまずい!と思い、わけをいって退席させてもらいました。
どこか休める場所を貸していただけませんか、とお願いして通されたのが、がらーんとした教室。椅子もなにもない無闇に広い部屋。ここでどうやって休むの?と思いましたが、近くから椅子を探してきて先生に座ってもらうことに。
「少し寝てください。」
「うん。」
という間もなく首をうなだれて眠っておられました。
分けもなく惨めな気分でした。
さてさて旅もまだ半分。
次なる地、ティルティラパリへ向かうことに。
つづく。
久々に「師恩」です。
というわけで、いざタンジャブールへ!
師恩(五)の最後の写真でお分かりの通り、寝台車で行ったのです!!
インドの駅、ちょっと想像を絶しました。
暗い。。。
人人人。。。
なんとも方向性のない雑多さ。地べたに寝ている人もいれば、急いでいる人もいれば、たむろしている人もいれば。
言い表せない「恐怖感」のある場所。(なんて言うとまた失礼かなぁ。。。)
同行の女性達は、ほんとうに怖がって早く自分たちの列車に乗り込みたいと、逃げるように歩いていました。
さて、寝台車。
うわっはっはっ。何もない。
二段になったベッド、なのかなぁ?固ーい寝台(といっても昔のお医者さんの待合室にあったような革張りの長いすのようなもの。)があるだけ。毛布も枕もない。
ここに寝るわけだな。うむうむ。
いつでもどこでも寝られることが特技の私、これで充分です。しかし、先生大丈夫かなぁ。。。
駅の入り口付近からついてきている変なおじさん。何やら物売りのようなんですが、先生、愛想笑いなんかしちゃって、だからついてくるのに!
しばーーらく僕と先生の個室の前の通路にいましたが、脈がないと悟ったのか、消えていました。
ゆーれるゆれる、乗り心地の悪さ抜群の列車、夜の闇の中をいざタンジャブールへ。
いつしか僕は眠ってしまい、それでなくても不眠症の先生はどうしたのでしょう。。。
朝、目を覚ますとそこはもう南国!空気がとろとろしています。
ホテル屋上からの写真。ヤシの木が生えてたりして南国風味でしょ?
あの空気、今でも想い出します。
ホテル前の道。目の前の川では、沐浴する人達が。
一人で散歩がてらその辺を歩きました。ほんの500メートルもいかないところに集落が。見るとそこは、いわゆる竪穴式住居。土を掘ってその上に茅葺き(ヤシの葉葺き?)屋根。台所なんかも見えて完全な土間なんです。ちょっとカルチャーショックでした。
帰り道、先ほどの川の土手に、何やらおじいさんが一人しゃがんでいます。何気なく見ていると、おおおおおーーっ! なんと、ウ○チ中です。開放的でいいなぁ、と思いつつ、見て見ぬ振りをして通り過ぎました。どうやって拭いたんだろう。。。
(汚い話でスイマセン。)
博物館へ行ったんです(多分)。ここの話とは関係ありませんが「ダンシング・シバ」。ほんとうは「ナタラージャ」というんだそうですが、悪いやつを懲らしめてるらしいです。鬼を踏んづけたりして。陽気に踊ってるのではないのです。はい。
名前の記憶がないのですがどこかの音楽大学へ行きました。そこでの演奏が一番下の写真だったと思います。その中庭で大学の偉い先生方とティータイム。
僕を話題にしているようです。
「私の弟子で、徳丸十兵衛というものです。」
なんて、それは少し前の「ぶろぐ」でした。
この芸名をいただいた当初、あるパーティーでほんとうに「徳丸十兵衛です。」なんて紹介してくれたことがありましたっけ。
おっと話がそれました。
このインドの正装?ですか、「パジャマ」(っていいましたっけ?)を着ている方をみると、僕ちょっと恐いのです。
子供の頃に見たテレビだか映画だかに、この服を着た頭の良さそうなインド人が出てきて、人体実験か何かをするシーンがあったんです。その記憶があるもので、この服装の人を見ると、捕まえられて実験室に縛られて、「やめてくれぇー!」と叫ぶ僕に不敵な笑いを浮かべつつメスを持って。。。。。 ぎゃぁーーー!
そんなことある分けないのですが幼児期の記憶とは恐ろしいもので、ちょっとこわ。
この大学でお土産に、「お守り」をもらいました。その「お守り」、その後先生の鞄のなかに何年も入っていました。
先生はそういうものにとても信心深い(という言葉が適切かどうか分かりませんが。)人でした。
いずれ書きますが、先生最後の演奏旅行、アメリカのボルダーでもらったインディアンの「ドリームキャッチャー」
なんかも、稽古場に恭しく飾られた「国宝認定書」と一緒にぶら下げていました。
たぶんタンジャブールです。牛の乳搾りに牛車。これが日常です。
これは、「シタール」の胴の原木を加工しているところだったと思います。いんや、シタールの胴は瓢箪なはず、「タンブーラ」かなぁ?いずれにしろ何かの楽器の胴を切り出しているところです。はい。
みなさんポーズ。
下の写真↓の沐浴場への道で。
左はお食事中、右はなにか儀式にのっとってお祈りしているところ。
沐浴場です。申し訳なのですが、日本人の私の感覚からすると「汚い」「臭い」でした。ハエはいっぱい、水は汚れているし。しかし、ヒンドゥー教徒の方々からすればここは「聖地」。聖なる水にどっぷり浸かって身を清めていらっしゃいました。歯を磨いている人もいます。
その敬虔な態度には深く感動しました。
なんとものどかに大きな葉っぱで編み物をしているおじさん。若者の笑顔も素敵でした。
この脇に、インド音楽にゆかりの聖地があってそこを観光しに来たのだったと思います。
先に書いたインド音楽研究家の井上さん、野外で歌ってくださいました。何とも綺麗な声とメロディーが印象に残っています。
というところで、肝心の演奏。
大学のホールでの演奏です。
このホールの椅子、リクライニング出来るんです。しかし角度をかえられるという代物ではなく、ガクッと傾斜させることが出来るようなもの。
私たちの演奏後は、インド側の音楽でした。なにやらラッパ系のものすごい大きな音がする管楽器で演奏していたのを覚えています。
演奏後そのまま最前列の椅子に着席してインド側の音楽を鑑賞したわけですが、さて、そろそろ先生の疲れもピークに。普段あまりそのようなことはないのですが、先生「舟」をこぎ出しました。偉い方々も同席しているのにまずいなぁ、と思いつつ様子をみていると、電車で座ったときに居眠りして良くやる、ガクッと首を後ろにそらして窓にぶつけて恥ずかしい思いをするやつ、あれをやり始めたのです。
これはまずい!と思い、わけをいって退席させてもらいました。
どこか休める場所を貸していただけませんか、とお願いして通されたのが、がらーんとした教室。椅子もなにもない無闇に広い部屋。ここでどうやって休むの?と思いましたが、近くから椅子を探してきて先生に座ってもらうことに。
「少し寝てください。」
「うん。」
という間もなく首をうなだれて眠っておられました。
分けもなく惨めな気分でした。
さてさて旅もまだ半分。
次なる地、ティルティラパリへ向かうことに。
つづく。
酒でカテゴリーをつくった割に何も書いてませんねぇ。
なので、ひとつ。
親が寛大だったのか、小学校のころから飲んでました。
といっても毎日というわけでなく、お正月限定。(あたりまえか。)
「赤玉ポートワイン」ってやつ。
甘ーーーーっくて美味しかったぁ。
小学校の3年生頃からですね、飲み始めたの。
おちょこに一杯。それでも多すぎて酔っぱらっちゃうんですね。
それがまた何とも気持ちがいい。
ふわぁーーーっと、気分良く眠くなる。
年々お正月が楽しみに。
「赤玉ポートワイン」の大きさも、最初はワインボトルぐらいのやつだったのが、年々大きくなって(って僕のために大きさを大きくしていった親も大したものだと思いますが。)最後には特大のボトル。
いやはや、子供のくせによく飲んだなぁ、と。
いつしか甘すぎて飲めなくなりましたが、今でも甘口のワインを口にするとその記憶がよみがえります。
↑このポスター、どこかで見た記憶はありますが、タイムリーに見たかどうかは。。。
酒でカテゴリーをつくった割に何も書いてませんねぇ。
なので、ひとつ。
親が寛大だったのか、小学校のころから飲んでました。
といっても毎日というわけでなく、お正月限定。(あたりまえか。)
「赤玉ポートワイン」ってやつ。
甘ーーーーっくて美味しかったぁ。
小学校の3年生頃からですね、飲み始めたの。
おちょこに一杯。それでも多すぎて酔っぱらっちゃうんですね。
それがまた何とも気持ちがいい。
ふわぁーーーっと、気分良く眠くなる。
年々お正月が楽しみに。
「赤玉ポートワイン」の大きさも、最初はワインボトルぐらいのやつだったのが、年々大きくなって(って僕のために大きさを大きくしていった親も大したものだと思いますが。)最後には特大のボトル。
いやはや、子供のくせによく飲んだなぁ、と。
いつしか甘すぎて飲めなくなりましたが、今でも甘口のワインを口にするとその記憶がよみがえります。
↑このポスター、どこかで見た記憶はありますが、タイムリーに見たかどうかは。。。
酒でカテゴリーをつくった割に何も書いてませんねぇ。
なので、ひとつ。
親が寛大だったのか、小学校のころから飲んでました。
といっても毎日というわけでなく、お正月限定。(あたりまえか。)
「赤玉ポートワイン」ってやつ。
甘ーーーーっくて美味しかったぁ。
小学校の3年生頃からですね、飲み始めたの。
おちょこに一杯。それでも多すぎて酔っぱらっちゃうんですね。
それがまた何とも気持ちがいい。
ふわぁーーーっと、気分良く眠くなる。
年々お正月が楽しみに。
「赤玉ポートワイン」の大きさも、最初はワインボトルぐらいのやつだったのが、年々大きくなって(って僕のために大きさを大きくしていった親も大したものだと思いますが。)最後には特大のボトル。
いやはや、子供のくせによく飲んだなぁ、と。
いつしか甘すぎて飲めなくなりましたが、今でも甘口のワインを口にするとその記憶がよみがえります。
↑このポスター、どこかで見た記憶はありますが、タイムリーに見たかどうかは。。。
熱帯魚を飼っています。
テトラなどの小型の魚が数種類。
水槽の中を気持ちよさそうにスーィスィと泳いでいる姿を眺めながらお酒を飲むと、いーーい気分になるんです。
ところで、水槽開設当初から元気だったヤマトヌマエビ5匹のうち、3匹が死んじゃった(らしい)んです。
この子たち、しょっちゅう脱皮します。
いつも「あーー!死んじゃった!」なんて驚かされるんですが、なぁーんだ、脱け殻なのです。
だまされるのです。
しかし今回はほんとう「らしい」のです。水の入れ替えで別の水槽に魚たちを移し替えたときに2匹しかいないのです。3匹消えてしまった。。。
ということで、寂しいのでいつものペットショップで買うことに。
レッドシュリンプっていうのにしようかと思ったんですが、高い。
ヤマトヌマエビが見あたらないので、店員さんに聞くと、「今、5匹単位で用意してますけど。」ということ。ビニールの袋に5匹ずつ入れているところです。
ちょうどいい!
確認もせずに、ではくださいな。
がぁぁぁぁぁーーーー!!
帰ってきて見てびっくり!!
でかい……。。。
ちょっとイメージくるっちゃったなぁ。。。
左が前からいる子、右が新入り。メスらしいんですが、それにしてもでかい。
ちょうど、居酒屋さんで出てくる「小エビの唐揚げ」ぐらいの大きさ。食べ頃の大きさ。。。
もう少し育てればこんなことになっちゃったりして。
↓↓↓
まさか。ほほほ。
熱帯魚を飼っています。
テトラなどの小型の魚が数種類。
水槽の中を気持ちよさそうにスーィスィと泳いでいる姿を眺めながらお酒を飲むと、いーーい気分になるんです。
ところで、水槽開設当初から元気だったヤマトヌマエビ5匹のうち、3匹が死んじゃった(らしい)んです。
この子たち、しょっちゅう脱皮します。
いつも「あーー!死んじゃった!」なんて驚かされるんですが、なぁーんだ、脱け殻なのです。
だまされるのです。
しかし今回はほんとう「らしい」のです。水の入れ替えで別の水槽に魚たちを移し替えたときに2匹しかいないのです。3匹消えてしまった。。。
ということで、寂しいのでいつものペットショップで買うことに。
レッドシュリンプっていうのにしようかと思ったんですが、高い。
ヤマトヌマエビが見あたらないので、店員さんに聞くと、「今、5匹単位で用意してますけど。」ということ。ビニールの袋に5匹ずつ入れているところです。
ちょうどいい!
確認もせずに、ではくださいな。
がぁぁぁぁぁーーーー!!
帰ってきて見てびっくり!!
でかい……。。。
ちょっとイメージくるっちゃったなぁ。。。
左が前からいる子、右が新入り。メスらしいんですが、それにしてもでかい。
ちょうど、居酒屋さんで出てくる「小エビの唐揚げ」ぐらいの大きさ。食べ頃の大きさ。。。
もう少し育てればこんなことになっちゃったりして。
↓↓↓
まさか。ほほほ。
熱帯魚を飼っています。
テトラなどの小型の魚が数種類。
水槽の中を気持ちよさそうにスーィスィと泳いでいる姿を眺めながらお酒を飲むと、いーーい気分になるんです。
ところで、水槽開設当初から元気だったヤマトヌマエビ5匹のうち、3匹が死んじゃった(らしい)んです。
この子たち、しょっちゅう脱皮します。
いつも「あーー!死んじゃった!」なんて驚かされるんですが、なぁーんだ、脱け殻なのです。
だまされるのです。
しかし今回はほんとう「らしい」のです。水の入れ替えで別の水槽に魚たちを移し替えたときに2匹しかいないのです。3匹消えてしまった。。。
ということで、寂しいのでいつものペットショップで買うことに。
レッドシュリンプっていうのにしようかと思ったんですが、高い。
ヤマトヌマエビが見あたらないので、店員さんに聞くと、「今、5匹単位で用意してますけど。」ということ。ビニールの袋に5匹ずつ入れているところです。
ちょうどいい!
確認もせずに、ではくださいな。
がぁぁぁぁぁーーーー!!
帰ってきて見てびっくり!!
でかい……。。。
ちょっとイメージくるっちゃったなぁ。。。
左が前からいる子、右が新入り。メスらしいんですが、それにしてもでかい。
ちょうど、居酒屋さんで出てくる「小エビの唐揚げ」ぐらいの大きさ。食べ頃の大きさ。。。
もう少し育てればこんなことになっちゃったりして。
↓↓↓
まさか。ほほほ。
本日、藤井久仁江先生の本葬でした。青山葬儀場。
僕が芸大に入学してまだ何も分からない頃、とにかく何でもいいから演奏会を聴きに行くこと、と先輩に教えられ、暇さえあれば(暇だらけでしたが)足を運びました。
なんて綺麗な音なんだろう、と初めて「お箏の音」が分かり、身震いする程の感動を覚えたのが、藤井久仁江先生のお箏でした。
国立小劇場。曲は「秋風」だったかなぁ。調べます。
この演奏会です。
「秋風」じゃなく「鑑の曲」ですね。僕もなかなかシブイですね。組歌に感動するなんて。
それにしても、名人、ずらりです。
(10/22の書き込みです。)
人の心を動かす「音」。
深い、一つの「音」。
先生、公私にわたってほんとうにありがとうございました。
合掌。
本日、藤井久仁江先生の本葬でした。青山葬儀場。
僕が芸大に入学してまだ何も分からない頃、とにかく何でもいいから演奏会を聴きに行くこと、と先輩に教えられ、暇さえあれば(暇だらけでしたが)足を運びました。
なんて綺麗な音なんだろう、と初めて「お箏の音」が分かり、身震いする程の感動を覚えたのが、藤井久仁江先生のお箏でした。
国立小劇場。曲は「秋風」だったかなぁ。調べます。
この演奏会です。
「秋風」じゃなく「鑑の曲」ですね。僕もなかなかシブイですね。組歌に感動するなんて。
それにしても、名人、ずらりです。
(10/22の書き込みです。)
人の心を動かす「音」。
深い、一つの「音」。
先生、公私にわたってほんとうにありがとうございました。
合掌。
本日、藤井久仁江先生の本葬でした。青山葬儀場。
僕が芸大に入学してまだ何も分からない頃、とにかく何でもいいから演奏会を聴きに行くこと、と先輩に教えられ、暇さえあれば(暇だらけでしたが)足を運びました。
なんて綺麗な音なんだろう、と初めて「お箏の音」が分かり、身震いする程の感動を覚えたのが、藤井久仁江先生のお箏でした。
国立小劇場。曲は「秋風」だったかなぁ。調べます。
この演奏会です。
「秋風」じゃなく「鑑の曲」ですね。僕もなかなかシブイですね。組歌に感動するなんて。
それにしても、名人、ずらりです。
(10/22の書き込みです。)
人の心を動かす「音」。
深い、一つの「音」。
先生、公私にわたってほんとうにありがとうございました。
合掌。
今日、歯医者さんでした。
痛かったぁぁぁーーーーーー!!!!!
先週、仮り歯を入れたんです。右横下の歯。
何とも不快感・異物感。
かみ合わせが微妙に悪いんですよね。
左の歯で噛むようにしていたんですが、そうするとバランスが悪くなり、必ず右の下唇横を噛んでしまう。
しばらく我慢してたんですが、何度も何度も同じところを噛む。
結果…。
でっっかーーーいい、口内炎!!!
さて、歯の治療。
「徳丸さん、全く痛くないですからねぇ。大丈夫ですよぉ。」
(ぎゃぁーーーーーーー!!!)
「仮り歯を取って治療しますねぇ。」
(ぎょーーーーーーーー!!!)
「はい、では、お口をゆすいでぇ。」
(しみーーーーーーーー!!!)
そうなんです。ギーゴーガーゴーは全く痛くないのですが、それをやるために先生が、下唇のでっかい口内炎の「核」に触るのです!
引っ張るのです!
こするのです!
てやんでぃ!
こちとら江戸っ子、それしきのこと訴えるわけにもいかず、我慢。。。
「ハイ、もう一回仮り歯を入れておきますねぇ。」
(ほっ、終わりだぁ。)
ん?別の優しそうな女性の歯科衛生士さん登場。
「では、仮り歯を磨いて、消毒しておきますね。」
(どっぎゃぁーーー!!! がびょーーーーー!!!
うぐぃーーー○×△◆?※■▼ーーー!!!)
消毒液、もろに「核」に命中しました。
失神しそうでした。。。
今日、歯医者さんでした。
痛かったぁぁぁーーーーーー!!!!!
先週、仮り歯を入れたんです。右横下の歯。
何とも不快感・異物感。
かみ合わせが微妙に悪いんですよね。
左の歯で噛むようにしていたんですが、そうするとバランスが悪くなり、必ず右の下唇横を噛んでしまう。
しばらく我慢してたんですが、何度も何度も同じところを噛む。
結果…。
でっっかーーーいい、口内炎!!!
さて、歯の治療。
「徳丸さん、全く痛くないですからねぇ。大丈夫ですよぉ。」
(ぎゃぁーーーーーーー!!!)
「仮り歯を取って治療しますねぇ。」
(ぎょーーーーーーーー!!!)
「はい、では、お口をゆすいでぇ。」
(しみーーーーーーーー!!!)
そうなんです。ギーゴーガーゴーは全く痛くないのですが、それをやるために先生が、下唇のでっかい口内炎の「核」に触るのです!
引っ張るのです!
こするのです!
てやんでぃ!
こちとら江戸っ子、それしきのこと訴えるわけにもいかず、我慢。。。
「ハイ、もう一回仮り歯を入れておきますねぇ。」
(ほっ、終わりだぁ。)
ん?別の優しそうな女性の歯科衛生士さん登場。
「では、仮り歯を磨いて、消毒しておきますね。」
(どっぎゃぁーーー!!! がびょーーーーー!!!
うぐぃーーー○×△◆?※■▼ーーー!!!)
消毒液、もろに「核」に命中しました。
失神しそうでした。。。
今日、歯医者さんでした。
痛かったぁぁぁーーーーーー!!!!!
先週、仮り歯を入れたんです。右横下の歯。
何とも不快感・異物感。
かみ合わせが微妙に悪いんですよね。
左の歯で噛むようにしていたんですが、そうするとバランスが悪くなり、必ず右の下唇横を噛んでしまう。
しばらく我慢してたんですが、何度も何度も同じところを噛む。
結果…。
でっっかーーーいい、口内炎!!!
さて、歯の治療。
「徳丸さん、全く痛くないですからねぇ。大丈夫ですよぉ。」
(ぎゃぁーーーーーーー!!!)
「仮り歯を取って治療しますねぇ。」
(ぎょーーーーーーーー!!!)
「はい、では、お口をゆすいでぇ。」
(しみーーーーーーーー!!!)
そうなんです。ギーゴーガーゴーは全く痛くないのですが、それをやるために先生が、下唇のでっかい口内炎の「核」に触るのです!
引っ張るのです!
こするのです!
てやんでぃ!
こちとら江戸っ子、それしきのこと訴えるわけにもいかず、我慢。。。
「ハイ、もう一回仮り歯を入れておきますねぇ。」
(ほっ、終わりだぁ。)
ん?別の優しそうな女性の歯科衛生士さん登場。
「では、仮り歯を磨いて、消毒しておきますね。」
(どっぎゃぁーーー!!! がびょーーーーー!!!
うぐぃーーー○×△◆?※■▼ーーー!!!)
消毒液、もろに「核」に命中しました。
失神しそうでした。。。
天草出身のお弟子さんがいまして、その関係で地元の漁師さんに直接魚を送ってもらいます。
でも、漁ののタイミングと僕の暇な時間のタイミングが合うときがなかなか無く、ここのところ美味い魚にご無沙汰でした。
今日そのお弟子さんが取りよせたお魚のお裾分けをいただきました!ありがたい!
これです↓ カエルじゃありません、がらかぶ。
「がらかぶ」とは「かさご」のことで刺身も良し、煮付けても美味い!
それとこいつ↓ スヌーピーじゃないんです、はげ。
もう皮をはいであります。
「はげ」とは「カワハギ」ことで、これの「キモ」がまた美味い!!
さっと湯がいて、すりこぎで擦って醤油を加えて、このたれで刺身を食べるのです。
美味い!!
お魚さん、ありがとう。
天草出身のお弟子さんがいまして、その関係で地元の漁師さんに直接魚を送ってもらいます。
でも、漁ののタイミングと僕の暇な時間のタイミングが合うときがなかなか無く、ここのところ美味い魚にご無沙汰でした。
今日そのお弟子さんが取りよせたお魚のお裾分けをいただきました!ありがたい!
これです↓ カエルじゃありません、がらかぶ。
「がらかぶ」とは「かさご」のことで刺身も良し、煮付けても美味い!
それとこいつ↓ スヌーピーじゃないんです、はげ。
もう皮をはいであります。
「はげ」とは「カワハギ」ことで、これの「キモ」がまた美味い!!
さっと湯がいて、すりこぎで擦って醤油を加えて、このたれで刺身を食べるのです。
美味い!!
お魚さん、ありがとう。
天草出身のお弟子さんがいまして、その関係で地元の漁師さんに直接魚を送ってもらいます。
でも、漁ののタイミングと僕の暇な時間のタイミングが合うときがなかなか無く、ここのところ美味い魚にご無沙汰でした。
今日そのお弟子さんが取りよせたお魚のお裾分けをいただきました!ありがたい!
これです↓ カエルじゃありません、がらかぶ。
「がらかぶ」とは「かさご」のことで刺身も良し、煮付けても美味い!
それとこいつ↓ スヌーピーじゃないんです、はげ。
もう皮をはいであります。
「はげ」とは「カワハギ」ことで、これの「キモ」がまた美味い!!
さっと湯がいて、すりこぎで擦って醤油を加えて、このたれで刺身を食べるのです。
美味い!!
お魚さん、ありがとう。
今日は「富成清女リサイタル」の助演で、「越後獅子」を演奏させていただきました。
芸術祭参加とのこと、緊張しましたぁ。
知らない方には興味ある(と思うんですが。。)紀尾井ホールの楽屋裏風景を紹介します。
楽屋廊下。 のれんが何となく「らしい」でしょ。
楽屋です。襖で三部屋に分割できます。
舞台袖です。 御簾からの見た 廊下の姿見。
緞帳の開け閉め 舞台。 照明なんて点けたの
ここでやってます。 初めてです。はい。
緋毛氈に鳥の子屏風。 舞台から見た客席です。
緊張感がただよいますねぇ。
リハ風景。富成・富緒先生。お琴やの井上さん。
舞台飾り付けも出来上がり。
いざ!本番。
演奏直後の写真。
さーーって、演奏の出来はどうだったのでしょう。。。。。
今日は「富成清女リサイタル」の助演で、「越後獅子」を演奏させていただきました。
芸術祭参加とのこと、緊張しましたぁ。
知らない方には興味ある(と思うんですが。。)紀尾井ホールの楽屋裏風景を紹介します。
楽屋廊下。 のれんが何となく「らしい」でしょ。
楽屋です。襖で三部屋に分割できます。
舞台袖です。 御簾からの見た 廊下の姿見。
緞帳の開け閉め 舞台。 照明なんて点けたの
ここでやってます。 初めてです。はい。
緋毛氈に鳥の子屏風。 舞台から見た客席です。
緊張感がただよいますねぇ。
リハ風景。富成・富緒先生。お琴やの井上さん。
舞台飾り付けも出来上がり。
いざ!本番。
演奏直後の写真。
さーーって、演奏の出来はどうだったのでしょう。。。。。
今日は「富成清女リサイタル」の助演で、「越後獅子」を演奏させていただきました。
芸術祭参加とのこと、緊張しましたぁ。
知らない方には興味ある(と思うんですが。。)紀尾井ホールの楽屋裏風景を紹介します。
楽屋廊下。 のれんが何となく「らしい」でしょ。
楽屋です。襖で三部屋に分割できます。
舞台袖です。 御簾からの見た 廊下の姿見。
緞帳の開け閉め 舞台。 照明なんて点けたの
ここでやってます。 初めてです。はい。
緋毛氈に鳥の子屏風。 舞台から見た客席です。
緊張感がただよいますねぇ。
リハ風景。富成・富緒先生。お琴やの井上さん。
舞台飾り付けも出来上がり。
いざ!本番。
演奏直後の写真。
さーーって、演奏の出来はどうだったのでしょう。。。。。
僕の愛車です。
ほんとはルイガノが欲しかったんです。センスが良く上品でかっこいい。
一目惚れしたんですが、その頃お金があまり無くて、とほほほ。。。
でも、こいつもいい味出してます。故障もなく快適に。
天気のいい日は、走りたくなるんですよね。
でもなかなか時間がねぇ。。。
僕の愛車です。
ほんとはルイガノが欲しかったんです。センスが良く上品でかっこいい。
一目惚れしたんですが、その頃お金があまり無くて、とほほほ。。。
でも、こいつもいい味出してます。故障もなく快適に。
天気のいい日は、走りたくなるんですよね。
でもなかなか時間がねぇ。。。
僕の愛車です。
ほんとはルイガノが欲しかったんです。センスが良く上品でかっこいい。
一目惚れしたんですが、その頃お金があまり無くて、とほほほ。。。
でも、こいつもいい味出してます。故障もなく快適に。
天気のいい日は、走りたくなるんですよね。
でもなかなか時間がねぇ。。。
さて、タンジャブールに行く前に。
マドラスで、ホテルから一人で海岸まで遊びに行ったんです。
誰もいない海。
ああ、この先に日本があるんだなぁ、なんて感傷に浸りながら、しばしぼーっと。
さて、そろそろホテルに戻るか。
ん?そうだ、どうやって戻ろう?
行きはホテルの前にいっぱいたむろしていたリクシャーを使いました。
まあ、流しのリクシャーでも捕まえるか。
なかなか来ない… はたして流しなんか捕まえられるものなのか…
来た!
さっそく捕まえて、ホッした気分でホテルまで。
さて、お会計。メーターに出ていた料金にちょいとプラスして、さっさと降りようとしたところ。。。
そのリクシャーの運転手(14・5歳だったと思います、多分。)、ものすごい形相で何やらまくし立てます。
なんのことかさっぱり分からずにいると、ホテル前にたむろしていた他のリクシャーの運転手仲間までが僕を取り巻きます。
どうやら支払いが少ないということらしいのです。メーターどおりに払ったのに。
ちょっと身の危険を感じたので、いくら欲しいのだ?と身振りで聞くとかなり法外な値段。ここで争っても危険だと思い、金を向こうの方へ放り投げ、逃げるようにしてホテル内へ。
恐かったぁ。
インドのどの土地でもそうでしたが、いわゆる「乞食」(差別用語ですかねぇ。そういうつもりはありませんのでこの言葉を使います。)がお金をねだってくるのです。それもいかにも栄養の足りない、または病気であろう「赤ん坊」を抱いた女性や、ぼろをまとった子供が旅行者の腕を触って指でツンツンと引っかけて「ねえねえ」という感じでねだってくるのです。
正直、申し訳ないけれども「不潔」な感じがしました。
それと、いろいろな国に行きましたが、インドの紙幣が最も汚かった。
よれよれぼろぼろべたべた、でした。
さまざまな人の手に渡った紙幣をそのまま使っているためで、お金は汚いもの(そのものズバリの意味での汚い)というのを実感しました。
話によると彼女らには元締めがいてその上前をはねているとか。
それもこれも「インド」なのだなぁ、と。
もう一つ、マドラスでのこと。
宿泊は、かなりいいホテルでした。(調べたらシェラトンでした。)
先にも書きましたが、山口先生、海外に行くときにはいつも寝酒のために成田でウイスキーを買っていくんです。サントリーの「山崎」。その後、僕も真似をして海外に行くときは必ず。僕はI・W ハーパーの12年、とっても綺麗な四角いボトルなんですが、重いんですよこれがまた。と、そんなことはどうでもいいんですが、で、例によって先生、買ったわけです。もちろん僕が持つわけですよ、重いんです。と、これも愚痴ってどうする!話がすすまん!
デリーからマドラスへと、少し量の減った「山崎」様を無事運んだわけです。
マドラスの一日目か二日目の晩、先生の部屋で「山崎」様のお相伴にあずかりました。
その翌日は確か一日演奏で部屋を空けていたと思います。その晩のこと。
「徳丸君さぁ、ちょっと部屋へ来てみて。」
「はい。 ??」
「これさぁ、なんかおかしいと思わない?」
と、テーブルの上に鎮座まします「山崎」様を指さします。
「??」
「色がさぁ。それと量。」
「…そういえば何となく色が濃いような?それと昨日より量が増えてますね?」
「やっぱりそう思う?味も変なんだぁ。」
あきらかに変でした。
なのに先生、味見したの!?(吹き出しそうになりました。笑。)
早速、このツアーの代表さんに話して、事情をホテルに言ってもらうことに。
翌日、ホテルのお偉いさんが謝りに来ました。従業員の誰かが、高級なウイスキーだったので手を出したのだろう、ということ。飲んだ(盗んだ?)ことがバレないように、何か他のものを注ぎ足したのだろう。今後はそのようなことのないように注意する、ということで一件落着。(おいおい!落着なんかしてないぞぃ!)
インド人独特の首を横に振る、イエスともノーとも分からない身振りでニコニコと謝罪を済ませたお偉いさん、さっさと引き取ってしまい、落着はしたものの代わりの「物」が出てくるはずもなく、さーてっと、どうしよう……
残念そうに「山崎」様をながめる先生。
「こんな高級ホテルでも、こんなことがあるんですねぇ。びっくりですね、気を付けましょう。」
「そうだねぇ。どうしよう?」
「…??」
「これ。」
先生、この期に及んでまだ未練があるのかぁ!!
「駄目ですよ!捨てます!すぐに!」
「そうだよねぇ。。……」
「すぐに町に行って新しいの買ってきますから。ちょっとお待ち下さい。」
(まったく!!!)
ということで、私一人、近くに「高級ウイスキー」を求めて買い物に出かけることに。
今でこそ、どのように変わっているかは分かりませんが、その頃はほんとに何もない。
スーパーマーケットなんてとんでもない!
表通りからちょっと脇にそれれば、舗装もされてないボコボコ道。
酒屋を求めて、あてもなくしばらく彷徨い歩きました。
しかし私、酒に対する嗅覚はすぐれているのか、ありましたよ、ありました!
トタン屋根の掘っ建て小屋にカウンターがあって、一杯出してくれるようなお店が。明らかに「酒」が置いてある!
カウンターのおっちゃんに、
「お酒ある?ウイスキー、高級なやつ。」
「もっちろん、ありますよ!こちらをご覧あれ!」
指さされた棚を見ると訳のわからん酒が何種類か。僕はせめてJ&Bとかホワイトホースぐらい置いてあるのかと思ったのに。。。昔はイギリスの植民地だったんでしょうが!(と、その時思っただけで、この言葉に大意はありません。)
これ以上探しても他に見つかる当てはなさそうなので、まあいいや。
「一番上等なのを一本。」
「へぃぃー。」
ということで、インド産「高級ウイスキー」をゲット!
先生にご進呈させていただいたのでした。
さて、その晩。
「徳丸君、一緒に飲まない?」
一瞬、不安がよぎりましたが断る理由が見つからない。
「は、はいぃ。。。」
もちろん当然、「高級ウイスキー」の試飲会。
ゴクっ。
二人とも笑いを押し殺したような、複雑な表情。
「んんっ、なかなかいける… ねぇ?」
「そっ、そうですねぇ。。。」
口の中には、変な薬を飲んだような味が残り。。。
それ以上、会話が進まない師弟でした。
じゃんじゃん。
つづく。
さて、タンジャブールに行く前に。
マドラスで、ホテルから一人で海岸まで遊びに行ったんです。
誰もいない海。
ああ、この先に日本があるんだなぁ、なんて感傷に浸りながら、しばしぼーっと。
さて、そろそろホテルに戻るか。
ん?そうだ、どうやって戻ろう?
行きはホテルの前にいっぱいたむろしていたリクシャーを使いました。
まあ、流しのリクシャーでも捕まえるか。
なかなか来ない… はたして流しなんか捕まえられるものなのか…
来た!
さっそく捕まえて、ホッした気分でホテルまで。
さて、お会計。メーターに出ていた料金にちょいとプラスして、さっさと降りようとしたところ。。。
そのリクシャーの運転手(14・5歳だったと思います、多分。)、ものすごい形相で何やらまくし立てます。
なんのことかさっぱり分からずにいると、ホテル前にたむろしていた他のリクシャーの運転手仲間までが僕を取り巻きます。
どうやら支払いが少ないということらしいのです。メーターどおりに払ったのに。
ちょっと身の危険を感じたので、いくら欲しいのだ?と身振りで聞くとかなり法外な値段。ここで争っても危険だと思い、金を向こうの方へ放り投げ、逃げるようにしてホテル内へ。
恐かったぁ。
インドのどの土地でもそうでしたが、いわゆる「乞食」(差別用語ですかねぇ。そういうつもりはありませんのでこの言葉を使います。)がお金をねだってくるのです。それもいかにも栄養の足りない、または病気であろう「赤ん坊」を抱いた女性や、ぼろをまとった子供が旅行者の腕を触って指でツンツンと引っかけて「ねえねえ」という感じでねだってくるのです。
正直、申し訳ないけれども「不潔」な感じがしました。
それと、いろいろな国に行きましたが、インドの紙幣が最も汚かった。
よれよれぼろぼろべたべた、でした。
さまざまな人の手に渡った紙幣をそのまま使っているためで、お金は汚いもの(そのものズバリの意味での汚い)というのを実感しました。
話によると彼女らには元締めがいてその上前をはねているとか。
それもこれも「インド」なのだなぁ、と。
もう一つ、マドラスでのこと。
宿泊は、かなりいいホテルでした。(調べたらシェラトンでした。)
先にも書きましたが、山口先生、海外に行くときにはいつも寝酒のために成田でウイスキーを買っていくんです。サントリーの「山崎」。その後、僕も真似をして海外に行くときは必ず。僕はI・W ハーパーの12年、とっても綺麗な四角いボトルなんですが、重いんですよこれがまた。と、そんなことはどうでもいいんですが、で、例によって先生、買ったわけです。もちろん僕が持つわけですよ、重いんです。と、これも愚痴ってどうする!話がすすまん!
デリーからマドラスへと、少し量の減った「山崎」様を無事運んだわけです。
マドラスの一日目か二日目の晩、先生の部屋で「山崎」様のお相伴にあずかりました。
その翌日は確か一日演奏で部屋を空けていたと思います。その晩のこと。
「徳丸君さぁ、ちょっと部屋へ来てみて。」
「はい。 ??」
「これさぁ、なんかおかしいと思わない?」
と、テーブルの上に鎮座まします「山崎」様を指さします。
「??」
「色がさぁ。それと量。」
「…そういえば何となく色が濃いような?それと昨日より量が増えてますね?」
「やっぱりそう思う?味も変なんだぁ。」
あきらかに変でした。
なのに先生、味見したの!?(吹き出しそうになりました。笑。)
早速、このツアーの代表さんに話して、事情をホテルに言ってもらうことに。
翌日、ホテルのお偉いさんが謝りに来ました。従業員の誰かが、高級なウイスキーだったので手を出したのだろう、ということ。飲んだ(盗んだ?)ことがバレないように、何か他のものを注ぎ足したのだろう。今後はそのようなことのないように注意する、ということで一件落着。(おいおい!落着なんかしてないぞぃ!)
インド人独特の首を横に振る、イエスともノーとも分からない身振りでニコニコと謝罪を済ませたお偉いさん、さっさと引き取ってしまい、落着はしたものの代わりの「物」が出てくるはずもなく、さーてっと、どうしよう……
残念そうに「山崎」様をながめる先生。
「こんな高級ホテルでも、こんなことがあるんですねぇ。びっくりですね、気を付けましょう。」
「そうだねぇ。どうしよう?」
「…??」
「これ。」
先生、この期に及んでまだ未練があるのかぁ!!
「駄目ですよ!捨てます!すぐに!」
「そうだよねぇ。。……」
「すぐに町に行って新しいの買ってきますから。ちょっとお待ち下さい。」
(まったく!!!)
ということで、私一人、近くに「高級ウイスキー」を求めて買い物に出かけることに。
今でこそ、どのように変わっているかは分かりませんが、その頃はほんとに何もない。
スーパーマーケットなんてとんでもない!
表通りからちょっと脇にそれれば、舗装もされてないボコボコ道。
酒屋を求めて、あてもなくしばらく彷徨い歩きました。
しかし私、酒に対する嗅覚はすぐれているのか、ありましたよ、ありました!
トタン屋根の掘っ建て小屋にカウンターがあって、一杯出してくれるようなお店が。明らかに「酒」が置いてある!
カウンターのおっちゃんに、
「お酒ある?ウイスキー、高級なやつ。」
「もっちろん、ありますよ!こちらをご覧あれ!」
指さされた棚を見ると訳のわからん酒が何種類か。僕はせめてJ&Bとかホワイトホースぐらい置いてあるのかと思ったのに。。。昔はイギリスの植民地だったんでしょうが!(と、その時思っただけで、この言葉に大意はありません。)
これ以上探しても他に見つかる当てはなさそうなので、まあいいや。
「一番上等なのを一本。」
「へぃぃー。」
ということで、インド産「高級ウイスキー」をゲット!
先生にご進呈させていただいたのでした。
さて、その晩。
「徳丸君、一緒に飲まない?」
一瞬、不安がよぎりましたが断る理由が見つからない。
「は、はいぃ。。。」
もちろん当然、「高級ウイスキー」の試飲会。
ゴクっ。
二人とも笑いを押し殺したような、複雑な表情。
「んんっ、なかなかいける… ねぇ?」
「そっ、そうですねぇ。。。」
口の中には、変な薬を飲んだような味が残り。。。
それ以上、会話が進まない師弟でした。
じゃんじゃん。
つづく。
さて、タンジャブールに行く前に。
マドラスで、ホテルから一人で海岸まで遊びに行ったんです。
誰もいない海。
ああ、この先に日本があるんだなぁ、なんて感傷に浸りながら、しばしぼーっと。
さて、そろそろホテルに戻るか。
ん?そうだ、どうやって戻ろう?
行きはホテルの前にいっぱいたむろしていたリクシャーを使いました。
まあ、流しのリクシャーでも捕まえるか。
なかなか来ない… はたして流しなんか捕まえられるものなのか…
来た!
さっそく捕まえて、ホッした気分でホテルまで。
さて、お会計。メーターに出ていた料金にちょいとプラスして、さっさと降りようとしたところ。。。
そのリクシャーの運転手(14・5歳だったと思います、多分。)、ものすごい形相で何やらまくし立てます。
なんのことかさっぱり分からずにいると、ホテル前にたむろしていた他のリクシャーの運転手仲間までが僕を取り巻きます。
どうやら支払いが少ないということらしいのです。メーターどおりに払ったのに。
ちょっと身の危険を感じたので、いくら欲しいのだ?と身振りで聞くとかなり法外な値段。ここで争っても危険だと思い、金を向こうの方へ放り投げ、逃げるようにしてホテル内へ。
恐かったぁ。
インドのどの土地でもそうでしたが、いわゆる「乞食」(差別用語ですかねぇ。そういうつもりはありませんのでこの言葉を使います。)がお金をねだってくるのです。それもいかにも栄養の足りない、または病気であろう「赤ん坊」を抱いた女性や、ぼろをまとった子供が旅行者の腕を触って指でツンツンと引っかけて「ねえねえ」という感じでねだってくるのです。
正直、申し訳ないけれども「不潔」な感じがしました。
それと、いろいろな国に行きましたが、インドの紙幣が最も汚かった。
よれよれぼろぼろべたべた、でした。
さまざまな人の手に渡った紙幣をそのまま使っているためで、お金は汚いもの(そのものズバリの意味での汚い)というのを実感しました。
話によると彼女らには元締めがいてその上前をはねているとか。
それもこれも「インド」なのだなぁ、と。
もう一つ、マドラスでのこと。
宿泊は、かなりいいホテルでした。(調べたらシェラトンでした。)
先にも書きましたが、山口先生、海外に行くときにはいつも寝酒のために成田でウイスキーを買っていくんです。サントリーの「山崎」。その後、僕も真似をして海外に行くときは必ず。僕はI・W ハーパーの12年、とっても綺麗な四角いボトルなんですが、重いんですよこれがまた。と、そんなことはどうでもいいんですが、で、例によって先生、買ったわけです。もちろん僕が持つわけですよ、重いんです。と、これも愚痴ってどうする!話がすすまん!
デリーからマドラスへと、少し量の減った「山崎」様を無事運んだわけです。
マドラスの一日目か二日目の晩、先生の部屋で「山崎」様のお相伴にあずかりました。
その翌日は確か一日演奏で部屋を空けていたと思います。その晩のこと。
「徳丸君さぁ、ちょっと部屋へ来てみて。」
「はい。 ??」
「これさぁ、なんかおかしいと思わない?」
と、テーブルの上に鎮座まします「山崎」様を指さします。
「??」
「色がさぁ。それと量。」
「…そういえば何となく色が濃いような?それと昨日より量が増えてますね?」
「やっぱりそう思う?味も変なんだぁ。」
あきらかに変でした。
なのに先生、味見したの!?(吹き出しそうになりました。笑。)
早速、このツアーの代表さんに話して、事情をホテルに言ってもらうことに。
翌日、ホテルのお偉いさんが謝りに来ました。従業員の誰かが、高級なウイスキーだったので手を出したのだろう、ということ。飲んだ(盗んだ?)ことがバレないように、何か他のものを注ぎ足したのだろう。今後はそのようなことのないように注意する、ということで一件落着。(おいおい!落着なんかしてないぞぃ!)
インド人独特の首を横に振る、イエスともノーとも分からない身振りでニコニコと謝罪を済ませたお偉いさん、さっさと引き取ってしまい、落着はしたものの代わりの「物」が出てくるはずもなく、さーてっと、どうしよう……
残念そうに「山崎」様をながめる先生。
「こんな高級ホテルでも、こんなことがあるんですねぇ。びっくりですね、気を付けましょう。」
「そうだねぇ。どうしよう?」
「…??」
「これ。」
先生、この期に及んでまだ未練があるのかぁ!!
「駄目ですよ!捨てます!すぐに!」
「そうだよねぇ。。……」
「すぐに町に行って新しいの買ってきますから。ちょっとお待ち下さい。」
(まったく!!!)
ということで、私一人、近くに「高級ウイスキー」を求めて買い物に出かけることに。
今でこそ、どのように変わっているかは分かりませんが、その頃はほんとに何もない。
スーパーマーケットなんてとんでもない!
表通りからちょっと脇にそれれば、舗装もされてないボコボコ道。
酒屋を求めて、あてもなくしばらく彷徨い歩きました。
しかし私、酒に対する嗅覚はすぐれているのか、ありましたよ、ありました!
トタン屋根の掘っ建て小屋にカウンターがあって、一杯出してくれるようなお店が。明らかに「酒」が置いてある!
カウンターのおっちゃんに、
「お酒ある?ウイスキー、高級なやつ。」
「もっちろん、ありますよ!こちらをご覧あれ!」
指さされた棚を見ると訳のわからん酒が何種類か。僕はせめてJ&Bとかホワイトホースぐらい置いてあるのかと思ったのに。。。昔はイギリスの植民地だったんでしょうが!(と、その時思っただけで、この言葉に大意はありません。)
これ以上探しても他に見つかる当てはなさそうなので、まあいいや。
「一番上等なのを一本。」
「へぃぃー。」
ということで、インド産「高級ウイスキー」をゲット!
先生にご進呈させていただいたのでした。
さて、その晩。
「徳丸君、一緒に飲まない?」
一瞬、不安がよぎりましたが断る理由が見つからない。
「は、はいぃ。。。」
もちろん当然、「高級ウイスキー」の試飲会。
ゴクっ。
二人とも笑いを押し殺したような、複雑な表情。
「んんっ、なかなかいける… ねぇ?」
「そっ、そうですねぇ。。。」
口の中には、変な薬を飲んだような味が残り。。。
それ以上、会話が進まない師弟でした。
じゃんじゃん。
つづく。
これを語らせたら、かなりいろいろ面白い話が出てくると思います。
シリーズで行きますか!
ええっとぉ、何から行くかなぁ。。。思いついたものから。。。
では、ヨーロッパ演奏旅行での話。
とってもグルメな先生とご一緒させていただきました。ベルギー・イタリア・フランス・ドイツ。
イタリアでは、それ以前も以後も口にしたことのない「白トリフ」なんかも。
ベルギーでは野生の「鴨」肉に散弾銃の弾が入ってたりして。
とまあ、そんなことはいずれ写真集で。
お酒お酒。
ドイツでのある夕食。ケルンだったと思います。
ワインを頼みました。
テイスティング。もちろんその先生が。
ん?? 何やらドイツ語でソムリエさんとやり合ってます。
ソムリエさんもテストしてます。なんだなんだ??
ソムリエさん、納得。
新しいボトル、持ってきました。
その先生も、今度は納得。
そして、やっと我々のグラスに赤い液体が注がれたのでした。
あれって、駄目出ししたワインの料金も払うんですってね。。??
僕的にはそれでもいいから飲ませてくれればいいのに、と。
ほほほ。
つづく。
これを語らせたら、かなりいろいろ面白い話が出てくると思います。
シリーズで行きますか!
ええっとぉ、何から行くかなぁ。。。思いついたものから。。。
では、ヨーロッパ演奏旅行での話。
とってもグルメな先生とご一緒させていただきました。ベルギー・イタリア・フランス・ドイツ。
イタリアでは、それ以前も以後も口にしたことのない「白トリフ」なんかも。
ベルギーでは野生の「鴨」肉に散弾銃の弾が入ってたりして。
とまあ、そんなことはいずれ写真集で。
お酒お酒。
ドイツでのある夕食。ケルンだったと思います。
ワインを頼みました。
テイスティング。もちろんその先生が。
ん?? 何やらドイツ語でソムリエさんとやり合ってます。
ソムリエさんもテストしてます。なんだなんだ??
ソムリエさん、納得。
新しいボトル、持ってきました。
その先生も、今度は納得。
そして、やっと我々のグラスに赤い液体が注がれたのでした。
あれって、駄目出ししたワインの料金も払うんですってね。。??
僕的にはそれでもいいから飲ませてくれればいいのに、と。
ほほほ。
つづく。
これを語らせたら、かなりいろいろ面白い話が出てくると思います。
シリーズで行きますか!
ええっとぉ、何から行くかなぁ。。。思いついたものから。。。
では、ヨーロッパ演奏旅行での話。
とってもグルメな先生とご一緒させていただきました。ベルギー・イタリア・フランス・ドイツ。
イタリアでは、それ以前も以後も口にしたことのない「白トリフ」なんかも。
ベルギーでは野生の「鴨」肉に散弾銃の弾が入ってたりして。
とまあ、そんなことはいずれ写真集で。
お酒お酒。
ドイツでのある夕食。ケルンだったと思います。
ワインを頼みました。
テイスティング。もちろんその先生が。
ん?? 何やらドイツ語でソムリエさんとやり合ってます。
ソムリエさんもテストしてます。なんだなんだ??
ソムリエさん、納得。
新しいボトル、持ってきました。
その先生も、今度は納得。
そして、やっと我々のグラスに赤い液体が注がれたのでした。
あれって、駄目出ししたワインの料金も払うんですってね。。??
僕的にはそれでもいいから飲ませてくれればいいのに、と。
ほほほ。
つづく。
我慢。
[名・形動](スル)
1 耐え忍ぶこと。こらえること。辛抱。
2 我意を張ること。また、そのさま。強情。
3 仏語。我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢。
2も3も我慢か。
なるほど。
深いなぁ。。。
我慢。
[名・形動](スル)
1 耐え忍ぶこと。こらえること。辛抱。
2 我意を張ること。また、そのさま。強情。
3 仏語。我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢。
2も3も我慢か。
なるほど。
深いなぁ。。。
我慢。
[名・形動](スル)
1 耐え忍ぶこと。こらえること。辛抱。
2 我意を張ること。また、そのさま。強情。
3 仏語。我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢。
2も3も我慢か。
なるほど。
深いなぁ。。。
デリーでは、音楽・舞踊学校で学生の舞踊をみせてもらったりしました。チベット方面の人種の踊りが印象的だったのを覚えています。顔が日本人にそっくりで。
こんな感じ↓
もちろんもっと観光もさせてもらいましたが、どこがどこやらさっぱり分からず。。。
さて、人口密度の高いデリーから空路マドラスへ。
◆マドラス
手元にある予定表を見ると、マドラスには3泊してるんですが、三日間とも演奏会があったんですね。記憶にない……
写真もないのです。連日演奏会があったということは僕もなんだかんだと忙しく、カメラを構える暇もなかったのでしょう。
先生とホテルの朝食。普通のメニューですね。カレーばっかり食べてた記憶があるのですが。。。
先生はほんとうに食べない。演奏前は特に。よくあれだけの「食」であのパワーが出せたな、と関心することしきりです。
「あまり食べると上手く演奏できないんだよ。」なんて、よく話してくださいました。
マドラスじゃぁなかったと思いますが、やはり先生と朝食をご一緒させていただき、その時はカレーのバイキング。その日のスケジュール等を確認し、エレベーターで部屋に戻ろうとすると、、、、、
ニコニコとしたインドのおじさん、何やら手に小さなかごを持って「良かったら食べれ。」とその物を勧めてくれます。「もらっていいの?」と思いつつ、先生にハイ、自分ももらって、エレベーターに。
チマキみたいにな葉っぱに包まれた中身は紫色のゼリーみたいな物。
「何だろうねぇ?食べてみて。」と先生。
ううう。。自分で食べればいいのに。。。
興味もあるししょうがない、えいやっ、パクッ。
グギョーーーーー!苦い、渋い、べぇーーー!
あれは何なんでしょうか?焼肉後の口直しのガムみたいな物?
カレー後の口直し?
先生は笑って部屋に持って帰りました。ずるい……
あれ、日本まで持って帰ったのかなぁ??
さてさて、演奏会。
リハです。左のピンクの帽子の女性は東樹和子さん。その隣のサリーを着ている女性、インド音楽研究家の井上貴子さん。
なんとかミュージックアカデミーとかいう、かなり大きなホールでの演奏でした。
先生の独奏のリハ中、客席に行ってみたのですが、一人インド人の女性が真剣に聴き入っていました。
何やら右手の指を折ったり、膝を手のひらで拍ったり手の甲で拍ったり。
後で井上さんに聞いたのですが、インドの人達は音楽を全て「ラーガ」によって聴いているとのこと。なにかの「ラーガ」に当てはめて聴いていたらしいのですが、ふううむ、さっぱりわかラーガ。(通訳しますと、「さっぱりわからんが」という意味です。)
会場の外ではスタッフの人が、野外で食事をしていました。もちろん、カレー。ヤシの葉っぱ(多分)の上にパサパサご飯とカレー汁。手で上手く、美味そうに食べてました。(熱くないのかなぁ?)
演奏会は、インド音楽の次に尺八の演奏でした。彼らの音楽、いつ始まったんだか、いつ終わったんだかよく分からないんですよね。楽屋(とは決していえないような、だだっ広い部屋)でかなり待たされ、演奏前にすでに待ちくたびれ。
この、タイムスケジュールが決まらないインド的な演奏会スタイルが元で、この後先生にかなり疲労が溜まってゆくのでした。
観光写真。これら↓マドラスだったと思うんですけど。。。
先生、バスを降りて一服。
まあ日本で言えば参道ですか。 お花やロウソクなんかが売られていました。
なんていうお寺だったっけなぁ。。。
先生のヘビースモーカーぶりは皆さんご承知の通り。インドでもスパスパ、スパスパ。
ただ先生の偉かった(なんて失礼ですが)ところは、人の迷惑になるようなところでは吸わない、という気遣いのあるところでした。まあ、気配りで一生を通したような方だったので、ごく自然にそうしたのでしょうけれども。
余談ですが、ある時、先生が地方に行くので私に運転手をして送ってくれないか、と。羽田までだったと思います。山口門下には運転が出来る人はほとんどいないのです。私、ちょうどその数日前に、初めて自分で車を買ったのです。新車のマーク2(ローマ数字が表示されないので)。初めての「お客さん」が先生だと思うと嬉しくて、朝早く先生のお宅へ伺いました。先生を後ろの席へ乗せて、さあ出発。
「いい車だねぇ。」
「はい!初めて自分でお金を出して買いました。ローンが大変です。」
なんて、あれこれと、疲れのでないように気を配りながら会話。口が重い先生との密室での時間は、うううーーん、やはり間が持たん。。。
そうだ!
「先生、たばこどうぞ。新車ですけど僕も吸いますから。」と自分で一本。(その頃は僕も吸ってました。)
「先生、ほんとに遠慮なさらずに、どうぞ。」とまた一本。
「うん、ありがとう。」
といって先生、結局一本も吸いませんでした。
この辺の微妙な先生の気遣い、分かるかなぁー、分かんねぇだろうなぁー。(by 松鶴家千とせ。古すぎ?)
さてつづき。
こんな↑ひとに眉間に 足、写っていませんが、裸足なんです。
朱を入れられたり、 裸足にならないといけないんです。
水を引っかけられたりして。
インド舞踊の会に連れていってもらったんです。
多分これ↓その中の一こま。
舞踊は写すことが出来なかったのですが、もうなんていうんでしょうか、魅惑の世界、陶酔の世界、異次元の世界。音楽も舞踊も最高でした。未だかつてあんなに自分が「音楽」のなかに入っちゃうなんていう経験なかったんじゃないかなぁ、と思うほど、素晴らしかった、すごかった。
この何の変哲もない写真。↓
後ろに列車が停まっていて、「MADRAS→TIRUCHIRAPPALLI」と書いてあるんです。
そうなんです!次なる目的地、タンジャブールにはティルティラパリ行きの寝台車で行ったのです!
その辺のお話しはこの次に。こうご期待!
つづく。
デリーでは、音楽・舞踊学校で学生の舞踊をみせてもらったりしました。チベット方面の人種の踊りが印象的だったのを覚えています。顔が日本人にそっくりで。
こんな感じ↓
もちろんもっと観光もさせてもらいましたが、どこがどこやらさっぱり分からず。。。
さて、人口密度の高いデリーから空路マドラスへ。
◆マドラス
手元にある予定表を見ると、マドラスには3泊してるんですが、三日間とも演奏会があったんですね。記憶にない……
写真もないのです。連日演奏会があったということは僕もなんだかんだと忙しく、カメラを構える暇もなかったのでしょう。
先生とホテルの朝食。普通のメニューですね。カレーばっかり食べてた記憶があるのですが。。。
先生はほんとうに食べない。演奏前は特に。よくあれだけの「食」であのパワーが出せたな、と関心することしきりです。
「あまり食べると上手く演奏できないんだよ。」なんて、よく話してくださいました。
マドラスじゃぁなかったと思いますが、やはり先生と朝食をご一緒させていただき、その時はカレーのバイキング。その日のスケジュール等を確認し、エレベーターで部屋に戻ろうとすると、、、、、
ニコニコとしたインドのおじさん、何やら手に小さなかごを持って「良かったら食べれ。」とその物を勧めてくれます。「もらっていいの?」と思いつつ、先生にハイ、自分ももらって、エレベーターに。
チマキみたいにな葉っぱに包まれた中身は紫色のゼリーみたいな物。
「何だろうねぇ?食べてみて。」と先生。
ううう。。自分で食べればいいのに。。。
興味もあるししょうがない、えいやっ、パクッ。
グギョーーーーー!苦い、渋い、べぇーーー!
あれは何なんでしょうか?焼肉後の口直しのガムみたいな物?
カレー後の口直し?
先生は笑って部屋に持って帰りました。ずるい……
あれ、日本まで持って帰ったのかなぁ??
さてさて、演奏会。
リハです。左のピンクの帽子の女性は東樹和子さん。その隣のサリーを着ている女性、インド音楽研究家の井上貴子さん。
なんとかミュージックアカデミーとかいう、かなり大きなホールでの演奏でした。
先生の独奏のリハ中、客席に行ってみたのですが、一人インド人の女性が真剣に聴き入っていました。
何やら右手の指を折ったり、膝を手のひらで拍ったり手の甲で拍ったり。
後で井上さんに聞いたのですが、インドの人達は音楽を全て「ラーガ」によって聴いているとのこと。なにかの「ラーガ」に当てはめて聴いていたらしいのですが、ふううむ、さっぱりわかラーガ。(通訳しますと、「さっぱりわからんが」という意味です。)
会場の外ではスタッフの人が、野外で食事をしていました。もちろん、カレー。ヤシの葉っぱ(多分)の上にパサパサご飯とカレー汁。手で上手く、美味そうに食べてました。(熱くないのかなぁ?)
演奏会は、インド音楽の次に尺八の演奏でした。彼らの音楽、いつ始まったんだか、いつ終わったんだかよく分からないんですよね。楽屋(とは決していえないような、だだっ広い部屋)でかなり待たされ、演奏前にすでに待ちくたびれ。
この、タイムスケジュールが決まらないインド的な演奏会スタイルが元で、この後先生にかなり疲労が溜まってゆくのでした。
観光写真。これら↓マドラスだったと思うんですけど。。。
先生、バスを降りて一服。
まあ日本で言えば参道ですか。 お花やロウソクなんかが売られていました。
なんていうお寺だったっけなぁ。。。
先生のヘビースモーカーぶりは皆さんご承知の通り。インドでもスパスパ、スパスパ。
ただ先生の偉かった(なんて失礼ですが)ところは、人の迷惑になるようなところでは吸わない、という気遣いのあるところでした。まあ、気配りで一生を通したような方だったので、ごく自然にそうしたのでしょうけれども。
余談ですが、ある時、先生が地方に行くので私に運転手をして送ってくれないか、と。羽田までだったと思います。山口門下には運転が出来る人はほとんどいないのです。私、ちょうどその数日前に、初めて自分で車を買ったのです。新車のマーク2(ローマ数字が表示されないので)。初めての「お客さん」が先生だと思うと嬉しくて、朝早く先生のお宅へ伺いました。先生を後ろの席へ乗せて、さあ出発。
「いい車だねぇ。」
「はい!初めて自分でお金を出して買いました。ローンが大変です。」
なんて、あれこれと、疲れのでないように気を配りながら会話。口が重い先生との密室での時間は、うううーーん、やはり間が持たん。。。
そうだ!
「先生、たばこどうぞ。新車ですけど僕も吸いますから。」と自分で一本。(その頃は僕も吸ってました。)
「先生、ほんとに遠慮なさらずに、どうぞ。」とまた一本。
「うん、ありがとう。」
といって先生、結局一本も吸いませんでした。
この辺の微妙な先生の気遣い、分かるかなぁー、分かんねぇだろうなぁー。(by 松鶴家千とせ。古すぎ?)
さてつづき。
こんな↑ひとに眉間に 足、写っていませんが、裸足なんです。
朱を入れられたり、 裸足にならないといけないんです。
水を引っかけられたりして。
インド舞踊の会に連れていってもらったんです。
多分これ↓その中の一こま。
舞踊は写すことが出来なかったのですが、もうなんていうんでしょうか、魅惑の世界、陶酔の世界、異次元の世界。音楽も舞踊も最高でした。未だかつてあんなに自分が「音楽」のなかに入っちゃうなんていう経験なかったんじゃないかなぁ、と思うほど、素晴らしかった、すごかった。
この何の変哲もない写真。↓
後ろに列車が停まっていて、「MADRAS→TIRUCHIRAPPALLI」と書いてあるんです。
そうなんです!次なる目的地、タンジャブールにはティルティラパリ行きの寝台車で行ったのです!
その辺のお話しはこの次に。こうご期待!
つづく。
デリーでは、音楽・舞踊学校で学生の舞踊をみせてもらったりしました。チベット方面の人種の踊りが印象的だったのを覚えています。顔が日本人にそっくりで。
こんな感じ↓
もちろんもっと観光もさせてもらいましたが、どこがどこやらさっぱり分からず。。。
さて、人口密度の高いデリーから空路マドラスへ。
◆マドラス
手元にある予定表を見ると、マドラスには3泊してるんですが、三日間とも演奏会があったんですね。記憶にない……
写真もないのです。連日演奏会があったということは僕もなんだかんだと忙しく、カメラを構える暇もなかったのでしょう。
先生とホテルの朝食。普通のメニューですね。カレーばっかり食べてた記憶があるのですが。。。
先生はほんとうに食べない。演奏前は特に。よくあれだけの「食」であのパワーが出せたな、と関心することしきりです。
「あまり食べると上手く演奏できないんだよ。」なんて、よく話してくださいました。
マドラスじゃぁなかったと思いますが、やはり先生と朝食をご一緒させていただき、その時はカレーのバイキング。その日のスケジュール等を確認し、エレベーターで部屋に戻ろうとすると、、、、、
ニコニコとしたインドのおじさん、何やら手に小さなかごを持って「良かったら食べれ。」とその物を勧めてくれます。「もらっていいの?」と思いつつ、先生にハイ、自分ももらって、エレベーターに。
チマキみたいにな葉っぱに包まれた中身は紫色のゼリーみたいな物。
「何だろうねぇ?食べてみて。」と先生。
ううう。。自分で食べればいいのに。。。
興味もあるししょうがない、えいやっ、パクッ。
グギョーーーーー!苦い、渋い、べぇーーー!
あれは何なんでしょうか?焼肉後の口直しのガムみたいな物?
カレー後の口直し?
先生は笑って部屋に持って帰りました。ずるい……
あれ、日本まで持って帰ったのかなぁ??
さてさて、演奏会。
リハです。左のピンクの帽子の女性は東樹和子さん。その隣のサリーを着ている女性、インド音楽研究家の井上貴子さん。
なんとかミュージックアカデミーとかいう、かなり大きなホールでの演奏でした。
先生の独奏のリハ中、客席に行ってみたのですが、一人インド人の女性が真剣に聴き入っていました。
何やら右手の指を折ったり、膝を手のひらで拍ったり手の甲で拍ったり。
後で井上さんに聞いたのですが、インドの人達は音楽を全て「ラーガ」によって聴いているとのこと。なにかの「ラーガ」に当てはめて聴いていたらしいのですが、ふううむ、さっぱりわかラーガ。(通訳しますと、「さっぱりわからんが」という意味です。)
会場の外ではスタッフの人が、野外で食事をしていました。もちろん、カレー。ヤシの葉っぱ(多分)の上にパサパサご飯とカレー汁。手で上手く、美味そうに食べてました。(熱くないのかなぁ?)
演奏会は、インド音楽の次に尺八の演奏でした。彼らの音楽、いつ始まったんだか、いつ終わったんだかよく分からないんですよね。楽屋(とは決していえないような、だだっ広い部屋)でかなり待たされ、演奏前にすでに待ちくたびれ。
この、タイムスケジュールが決まらないインド的な演奏会スタイルが元で、この後先生にかなり疲労が溜まってゆくのでした。
観光写真。これら↓マドラスだったと思うんですけど。。。
先生、バスを降りて一服。
まあ日本で言えば参道ですか。 お花やロウソクなんかが売られていました。
なんていうお寺だったっけなぁ。。。
先生のヘビースモーカーぶりは皆さんご承知の通り。インドでもスパスパ、スパスパ。
ただ先生の偉かった(なんて失礼ですが)ところは、人の迷惑になるようなところでは吸わない、という気遣いのあるところでした。まあ、気配りで一生を通したような方だったので、ごく自然にそうしたのでしょうけれども。
余談ですが、ある時、先生が地方に行くので私に運転手をして送ってくれないか、と。羽田までだったと思います。山口門下には運転が出来る人はほとんどいないのです。私、ちょうどその数日前に、初めて自分で車を買ったのです。新車のマーク2(ローマ数字が表示されないので)。初めての「お客さん」が先生だと思うと嬉しくて、朝早く先生のお宅へ伺いました。先生を後ろの席へ乗せて、さあ出発。
「いい車だねぇ。」
「はい!初めて自分でお金を出して買いました。ローンが大変です。」
なんて、あれこれと、疲れのでないように気を配りながら会話。口が重い先生との密室での時間は、うううーーん、やはり間が持たん。。。
そうだ!
「先生、たばこどうぞ。新車ですけど僕も吸いますから。」と自分で一本。(その頃は僕も吸ってました。)
「先生、ほんとに遠慮なさらずに、どうぞ。」とまた一本。
「うん、ありがとう。」
といって先生、結局一本も吸いませんでした。
この辺の微妙な先生の気遣い、分かるかなぁー、分かんねぇだろうなぁー。(by 松鶴家千とせ。古すぎ?)
さてつづき。
こんな↑ひとに眉間に 足、写っていませんが、裸足なんです。
朱を入れられたり、 裸足にならないといけないんです。
水を引っかけられたりして。
インド舞踊の会に連れていってもらったんです。
多分これ↓その中の一こま。
舞踊は写すことが出来なかったのですが、もうなんていうんでしょうか、魅惑の世界、陶酔の世界、異次元の世界。音楽も舞踊も最高でした。未だかつてあんなに自分が「音楽」のなかに入っちゃうなんていう経験なかったんじゃないかなぁ、と思うほど、素晴らしかった、すごかった。
この何の変哲もない写真。↓
後ろに列車が停まっていて、「MADRAS→TIRUCHIRAPPALLI」と書いてあるんです。
そうなんです!次なる目的地、タンジャブールにはティルティラパリ行きの寝台車で行ったのです!
その辺のお話しはこの次に。こうご期待!
つづく。
10/3に掲載した《師恩(四) インド・デリー編》に、かなり間違った部分があったので訂正して掲載し直します。
では、
さてさてインド演奏旅行のお話し。
今から13年前、プロフィールにもありますように、1993年に山口五郎先生にインド国内演奏旅行に連れていっていただきました。
当初の計画では、奥様の保寿美先生が行かれるはずでしたが、その頃からお身体の具合が悪くなり始めたとのこと。代わりに私が同行させていただきました。
その演奏旅行はインド国内、デリー・マドラス・タンジャブール・ティルティラパリ・ボンベイを回る旅。ティルティラパリを除く各地で演奏があり、演奏曲目は「鹿の遠音」「虚空鈴慕」(連管)「巣鶴鈴慕」(先生の独奏)でした。
何しろ10年以上も前の記憶。朝食で何を食べたかでさえも忘れてしまう記憶力。また、その頃はデジカメもなく、フィルムの枚数を気にしながらの撮影。気に入った写真を撮れるはずもなく、おまけに根っからのずぼらな性格のため、写真の整理など無縁のこと。したがって、いつどの場所での写真かは記録などしていないため正確さに欠けますがご容赦下さい。
◆デリー
ここにも書きましたが、ほとんど泥酔状態でデリーに到着。
空港からホテルに移動するバスの中で「インド」を実感。カルチャーショックでした。文章では説明できない、ましてや僕の稚拙な文章ではとても、、、
「混沌」とした世界、とでもいうのでしょうか。
多分、到着翌日だと思うのですが。インド門での写真数枚。
先生あまり変わりません 左から、先生・田邊光夫さん・田邊秀雄先生夫人・
ねぇ。僕は若い!! 本橋乗子さん(琵琶演奏家)・私
門番(衛兵?)さんと。二人ともかしこまってます。
こんな写真もありまして。
この写真、なかなか良いでしょ。
このインド人度胸がありますよね。
名演奏家の前で笛を吹くんだから。
この後、先生達はさっさと行っていまいましたが、
この人、僕が先生の「手下」だと気づいたのでしょう。
「演奏」後、僕の袖を引っ張り「お金」をくれ、と。
いくらだったか忘れましたが、きちんとお支払いしました。
舞踊大学の中庭で革製品の見本市みたいのをやってました。
デリーの街角(たぶん。。)。
ガネーシャ神 シバ神(たぶん。) ブッダ
ヒンドゥーにはいっぱい神様がいて、庶民に人気なのがこのガネーシャ神。象の顔をしています。シバ神はちょっと恐いのかな?ブッダもヒンドゥーの中の一神様だそうです。
(この説明、間違っていたら申し訳ありません。)
タージマハールを模したという、ここは何という場所だったのか記憶にない。。。
猿やオウムが庭にいっぱいいたのだけは覚えていますが。。。
移動手段はとりあえずバス。右の黄色いの、リクシャー。これも使いました。
デリーでの演奏会。きちんと金屏風を立ててもらって。
どんなところだったか記憶にないのです。うううーむ。。。
金屏風を貸してくださったインド大使公邸です。(たぶん。)
行く先々でこういう場面があって、かなり気を遣いました。はい。
というわけで、「インド」に圧倒され緊張もありデリーでの印象はあまり濃くないのです。
人の多さと混濁した感じ。そんな記憶があります。
先生もまだ疲れもなさそうに元気にしていた様子でした。
成田で買ったウイスキー「山崎」をホテルで大事そうに飲みながら。
つづく。
10/3に掲載した《師恩(四) インド・デリー編》に、かなり間違った部分があったので訂正して掲載し直します。
では、
さてさてインド演奏旅行のお話し。
今から13年前、プロフィールにもありますように、1993年に山口五郎先生にインド国内演奏旅行に連れていっていただきました。
当初の計画では、奥様の保寿美先生が行かれるはずでしたが、その頃からお身体の具合が悪くなり始めたとのこと。代わりに私が同行させていただきました。
その演奏旅行はインド国内、デリー・マドラス・タンジャブール・ティルティラパリ・ボンベイを回る旅。ティルティラパリを除く各地で演奏があり、演奏曲目は「鹿の遠音」「虚空鈴慕」(連管)「巣鶴鈴慕」(先生の独奏)でした。
何しろ10年以上も前の記憶。朝食で何を食べたかでさえも忘れてしまう記憶力。また、その頃はデジカメもなく、フィルムの枚数を気にしながらの撮影。気に入った写真を撮れるはずもなく、おまけに根っからのずぼらな性格のため、写真の整理など無縁のこと。したがって、いつどの場所での写真かは記録などしていないため正確さに欠けますがご容赦下さい。
◆デリー
ここにも書きましたが、ほとんど泥酔状態でデリーに到着。
空港からホテルに移動するバスの中で「インド」を実感。カルチャーショックでした。文章では説明できない、ましてや僕の稚拙な文章ではとても、、、
「混沌」とした世界、とでもいうのでしょうか。
多分、到着翌日だと思うのですが。インド門での写真数枚。
先生あまり変わりません 左から、先生・田邊光夫さん・田邊秀雄先生夫人・
ねぇ。僕は若い!! 本橋乗子さん(琵琶演奏家)・私
門番(衛兵?)さんと。二人ともかしこまってます。
こんな写真もありまして。
この写真、なかなか良いでしょ。
このインド人度胸がありますよね。
名演奏家の前で笛を吹くんだから。
この後、先生達はさっさと行っていまいましたが、
この人、僕が先生の「手下」だと気づいたのでしょう。
「演奏」後、僕の袖を引っ張り「お金」をくれ、と。
いくらだったか忘れましたが、きちんとお支払いしました。
舞踊大学の中庭で革製品の見本市みたいのをやってました。
デリーの街角(たぶん。。)。
ガネーシャ神 シバ神(たぶん。) ブッダ
ヒンドゥーにはいっぱい神様がいて、庶民に人気なのがこのガネーシャ神。象の顔をしています。シバ神はちょっと恐いのかな?ブッダもヒンドゥーの中の一神様だそうです。
(この説明、間違っていたら申し訳ありません。)
タージマハールを模したという、ここは何という場所だったのか記憶にない。。。
猿やオウムが庭にいっぱいいたのだけは覚えていますが。。。
移動手段はとりあえずバス。右の黄色いの、リクシャー。これも使いました。
デリーでの演奏会。きちんと金屏風を立ててもらって。
どんなところだったか記憶にないのです。うううーむ。。。
金屏風を貸してくださったインド大使公邸です。(たぶん。)
行く先々でこういう場面があって、かなり気を遣いました。はい。
というわけで、「インド」に圧倒され緊張もありデリーでの印象はあまり濃くないのです。
人の多さと混濁した感じ。そんな記憶があります。
先生もまだ疲れもなさそうに元気にしていた様子でした。
成田で買ったウイスキー「山崎」をホテルで大事そうに飲みながら。
つづく。
10/3に掲載した《師恩(四) インド・デリー編》に、かなり間違った部分があったので訂正して掲載し直します。
では、
さてさてインド演奏旅行のお話し。
今から13年前、プロフィールにもありますように、1993年に山口五郎先生にインド国内演奏旅行に連れていっていただきました。
当初の計画では、奥様の保寿美先生が行かれるはずでしたが、その頃からお身体の具合が悪くなり始めたとのこと。代わりに私が同行させていただきました。
その演奏旅行はインド国内、デリー・マドラス・タンジャブール・ティルティラパリ・ボンベイを回る旅。ティルティラパリを除く各地で演奏があり、演奏曲目は「鹿の遠音」「虚空鈴慕」(連管)「巣鶴鈴慕」(先生の独奏)でした。
何しろ10年以上も前の記憶。朝食で何を食べたかでさえも忘れてしまう記憶力。また、その頃はデジカメもなく、フィルムの枚数を気にしながらの撮影。気に入った写真を撮れるはずもなく、おまけに根っからのずぼらな性格のため、写真の整理など無縁のこと。したがって、いつどの場所での写真かは記録などしていないため正確さに欠けますがご容赦下さい。
◆デリー
ここにも書きましたが、ほとんど泥酔状態でデリーに到着。
空港からホテルに移動するバスの中で「インド」を実感。カルチャーショックでした。文章では説明できない、ましてや僕の稚拙な文章ではとても、、、
「混沌」とした世界、とでもいうのでしょうか。
多分、到着翌日だと思うのですが。インド門での写真数枚。
先生あまり変わりません 左から、先生・田邊光夫さん・田邊秀雄先生夫人・
ねぇ。僕は若い!! 本橋乗子さん(琵琶演奏家)・私
門番(衛兵?)さんと。二人ともかしこまってます。
こんな写真もありまして。
この写真、なかなか良いでしょ。
このインド人度胸がありますよね。
名演奏家の前で笛を吹くんだから。
この後、先生達はさっさと行っていまいましたが、
この人、僕が先生の「手下」だと気づいたのでしょう。
「演奏」後、僕の袖を引っ張り「お金」をくれ、と。
いくらだったか忘れましたが、きちんとお支払いしました。
舞踊大学の中庭で革製品の見本市みたいのをやってました。
デリーの街角(たぶん。。)。
ガネーシャ神 シバ神(たぶん。) ブッダ
ヒンドゥーにはいっぱい神様がいて、庶民に人気なのがこのガネーシャ神。象の顔をしています。シバ神はちょっと恐いのかな?ブッダもヒンドゥーの中の一神様だそうです。
(この説明、間違っていたら申し訳ありません。)
タージマハールを模したという、ここは何という場所だったのか記憶にない。。。
猿やオウムが庭にいっぱいいたのだけは覚えていますが。。。
移動手段はとりあえずバス。右の黄色いの、リクシャー。これも使いました。
デリーでの演奏会。きちんと金屏風を立ててもらって。
どんなところだったか記憶にないのです。うううーむ。。。
金屏風を貸してくださったインド大使公邸です。(たぶん。)
行く先々でこういう場面があって、かなり気を遣いました。はい。
というわけで、「インド」に圧倒され緊張もありデリーでの印象はあまり濃くないのです。
人の多さと混濁した感じ。そんな記憶があります。
先生もまだ疲れもなさそうに元気にしていた様子でした。
成田で買ったウイスキー「山崎」をホテルで大事そうに飲みながら。
つづく。
今日、映画「ターミナル」を観ました。
はっきしいって「大人のファンタジー」、期待していたような内容でなく、肩すかしでした。
ただひとつ、共感したこと。
「待つ」ということの大切さ。
いろいろなこと、待ち続けようと思ってます。
今日、映画「ターミナル」を観ました。
はっきしいって「大人のファンタジー」、期待していたような内容でなく、肩すかしでした。
ただひとつ、共感したこと。
「待つ」ということの大切さ。
いろいろなこと、待ち続けようと思ってます。
今日、映画「ターミナル」を観ました。
はっきしいって「大人のファンタジー」、期待していたような内容でなく、肩すかしでした。
ただひとつ、共感したこと。
「待つ」ということの大切さ。
いろいろなこと、待ち続けようと思ってます。
音の記憶。
どんなにすぐれた名演奏よりも記憶に残る音があります。
今日たまたま聴いたベートーヴェンのピアノ曲「悲愴」。
…その記憶が甦りました。
ある人が「僕」のために弾いてくれた第二楽章。
それはどんな名演奏よりも素晴らしく、
かけがえもなく「僕」の記憶に残りました。
音の記憶。
その人の人生をも変えてしまう。
そんな「音」を僕も奏でたいと願う。
音の記憶。
どんなにすぐれた名演奏よりも記憶に残る音があります。
今日たまたま聴いたベートーヴェンのピアノ曲「悲愴」。
…その記憶が甦りました。
ある人が「僕」のために弾いてくれた第二楽章。
それはどんな名演奏よりも素晴らしく、
かけがえもなく「僕」の記憶に残りました。
音の記憶。
その人の人生をも変えてしまう。
そんな「音」を僕も奏でたいと願う。
音の記憶。
どんなにすぐれた名演奏よりも記憶に残る音があります。
今日たまたま聴いたベートーヴェンのピアノ曲「悲愴」。
…その記憶が甦りました。
ある人が「僕」のために弾いてくれた第二楽章。
それはどんな名演奏よりも素晴らしく、
かけがえもなく「僕」の記憶に残りました。
音の記憶。
その人の人生をも変えてしまう。
そんな「音」を僕も奏でたいと願う。
月日の経つのは早いもので、もう10月。
一年早いですね、あっという間ですね。
確かに、実感します。
しかし、心に深い傷を負った人はそう感じるでしょうか。
「時」がはやく傷を癒してくれることを願う日々。
傷を思えば思う程、「時」の経つことの遅々たること。
傷の深さがその「人」をも深くしてくれるのでしょうか。
月日の経つのはとても遅いもの、かも知れません。
月日の経つのは早いもので、もう10月。
一年早いですね、あっという間ですね。
確かに、実感します。
しかし、心に深い傷を負った人はそう感じるでしょうか。
「時」がはやく傷を癒してくれることを願う日々。
傷を思えば思う程、「時」の経つことの遅々たること。
傷の深さがその「人」をも深くしてくれるのでしょうか。
月日の経つのはとても遅いもの、かも知れません。
月日の経つのは早いもので、もう10月。
一年早いですね、あっという間ですね。
確かに、実感します。
しかし、心に深い傷を負った人はそう感じるでしょうか。
「時」がはやく傷を癒してくれることを願う日々。
傷を思えば思う程、「時」の経つことの遅々たること。
傷の深さがその「人」をも深くしてくれるのでしょうか。
月日の経つのはとても遅いもの、かも知れません。